第1章

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 龍が走る。  半透明の青銀の鱗。  それがしなやかに波打つ様が、月子には見える。 「ああ、なんて、つじつまの合った動きなのだろう」  月子はその見事に調和のとれた動きに見とれ、心の声で呟く。  龍はそれに反応することなく、すごい勢いで月子の横を走りぬける。  徹底的に無駄をはぶいた流れ。 唯一、長くしなうヒゲだけが、力強い体の動きとは対照的に遊びながらふわふわと揺れる。  この龍が自分の元に来たのは、いつだったか。    部屋にあるベッドやタンスと同じように、ある時から月子は龍を見るようになった。 あれは、雨がびしゃびしゃと窓に打ちつけられる、風の強い荒れ模様の日だった。 月子は窓の前に立ち、ねずみ色の雲の形が風の勢いで変わっていく様をぼんやりと見ていた。 「こんな日は、外に出ないに限るわ」  そう思いながら買い物に行くのをやめにして、紅茶でも入れようと歩き出した時、ふいに風が吹いた。 月子は振り返って窓の方を見る。当然、窓は開いておらず、かわりに龍がいた。  あまりにあっけない登場に、驚くより自然に「ああ、キミか」という言葉が口をついて出た。 そんな言葉しか出てこないくらい、龍はその空間にしっくりなじんでいて、昔からそこにいたかのようにゆったりとくつろいでいる風情だった。   月子より遥かにでかい。それを感じる時、「空間」という概念がねじまがった気がした。 見たままを感じる限り、龍の大きさは月子の部屋の大きさを遥かに上回っている気がするし、輪郭だけで成り立っているようなその風貌は、今在る物質と二重にここに存在している。 無限の広さと現実という囲い。 異次元が交錯した在り様にもかかわらず、違和感なく溶け込む奇妙な一体感。 体からは「気」できた無色の炎のようなものが立ち上り、近づいたらプスプスと音でもしそうだった。 禍々しさや恐ろしさなどなかった。 「在る」ということだけが美しく、整然としていて、そのことが月子の理性や常識をあっけなく吹き飛ばした。 「なんでまた、私なんかのところに・・・・」  その頃、会社をクビになったばかりの月子は、次の仕事を探すまでの間、一日中ぼーっとしながら家にいる毎日を送っていた。
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