第1章

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社交的ではない月子にとって、金もなく、恋人もなく、飲み友だちが二、三人いる程度の状態では、何かするより家にいた方が落ち着いた。こんなふうだから、人々が忙しく立ち働いている昼日中に、窓なんか眺めていたのである。   月子が会社をクビになったのは、愛想が振れないからだった。 入社時から上司や他の男性社員にウケが悪かった月子は、クビにするチャンスをいつも狙われているようなものだった。 愛想が振れない事は、社会で生きていくのには致命的な欠点なのだ。 一時はそれをやろうと努力もしてみたのだが、ないものを無理やりひねり出す苦痛は思っている以上に大変なもので、やっているうちにみるみる心と体に影響が出て、バランスが崩れ始めた。苦しくて、窮屈で、その居心地の悪さが尋常ではない。 だから、無駄な抵抗をやめた。   けれど、ありのままでいようとすればする程、人はそっぽを向き、時には敵意さえ向けて、いつも月子から離れて行った。 群れに溶け込めない存在は疎外される。 奇異のモノとして見られるようになる。 仕事でミスをしたわけでも、悪事を働いたわけでもないのに。  それでもいいと月子は思っていたけれども、その中で一日の大半を過ごさなければならないことは、胃がムカムカするほどの不快感と重圧であった。   全体に沿うよう努力する大変さと、自分のままでいることの大変さを「皿」に入れて天秤にかけたところ、自分らしくない方の「皿」が悲鳴を上げてガクンと落ちた。だから、会社を辞やめてしまった。   世間を知り、社会に溶け込める人を月子は尊敬する。 社会で、会社で、正しいと人が言う在り方に自分を持って行くことができるなんて、ある種の特技だと思う。 毎日会社に通い、時間分の給料をきちんともらっている人の多くは、自分を押し殺し、他と同調しながらそこにいられる人々だ。   月子は、それをするには「自分」がありすぎる。   そんなヤツに世間の風当たりはきびしい。 がまんや努力を放棄した時点で、それは怠慢でわがままであり、甘えであると判断される。 月子はそれを聞くと、「おっしゃる通りです」と思う。 「怠惰でわがまま」という言葉を、小さい頃から言われ続けて月子は育った。 それを聞くと、自分はダメな人間なのだと思い、その度に自己嫌悪に陥った。
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