第1章

5/9
前へ
/9ページ
次へ
 黒目が少なくコミカルにも感じられるその目は、何を思っているのか表情すら読み取れないが、目の大部分を占める一切の穢れの無い白と、くっきりと照準が合った黒を同時に見ていると、不思議と月子は、自分がこの龍の守られているのがわかるのだ。      この摩訶不思議な同居者のおかげで変わったことといえば、すぐに足が冷たくなる冷え性が緩和されたことと、落ち込んだ暗い気持ちがバカらしくなったことだろうか。    だって、龍が目の前にいる。  それは月子のモヤモヤしたこの世での思いを吹っ飛ばし、異次元を難なく引きずり込んで月子の世界を中和した。  そうしたら、妙にさっぱりと広くなった。  ある時から、月子は龍にまつわるものを集め出すようになった。  気の向いた時にふらりと外に出ては、小さな雑貨屋を廻って、龍を探す。  それは、久しぶりに得た楽しい時間だった。  龍は確かにここにいる。  でも、淡いビジョンのようなその姿かたちは捉えにくく、脳裏で思い浮かべるにも、おぼろげで儚い。  誰に言っても信じないと知っていても、自分には事実だという証拠を、無意識に探していたのかもしれない。    龍の置物。龍の刺繍が入ったバッグ。キーホルダー。  月子はそれらのものを部屋のお気に入りの場所に並べて見ながら、ほんの少し、ため息をつく。  なんとなく、そんな感じ。  でも、それらのどれとも、この龍はちがう。物質はとてもちゃちに見える。  月子が腕組みをしながらそんなことを考えていると、龍は半開きの目の奥を揺らし、何かを言いたげに月子を見る。  月子はそれを読み取ろうと目を凝らしてみるが、何の言葉も受取れない。    龍は水を好む生き物なのだと、どこかで聞いたことがある。  確かに、この龍は雨が降ると生き生きする。窓から見ていると、降りそそぐ雨に自ら体をさらして、白く煙っている龍の姿が遠くの空に見えたりする。 いつこの部屋をすり抜け、あっちに行ったのか。どれだけ、離れているのか。それは、手を伸ばせば届きそうな位置でもあり、一方でこの地球を通り越して、宇宙の彼方に浮かんでいるようでもある。    いいなぁ、龍は。自由自在だ。  龍が来てから、月子は雨も晴れも好きになった。  雨の日は、龍が喜ぶからまんざらではないし、何より、しぶきをあげて飛び回る姿が楽しそうでよい。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加