第1章

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「おまえより仕事のできない女は、いっぱいいただろうに。また愛想振れないでクビになったか」 「はぁ・・・・そうだよ」 「おまえも凝りねぇなぁ。ははは。まぁ、ほかの女の方が世渡り上手だったってこった。 おまえ、頑固で柔軟性がないからなぁ」 「うん」 「素材は悪くねぇのにな。この格好に、このしゃべり言葉に、この表情じゃ、男子社員も楽しみがねぇよな」 「そう?」 「おまえはいい意味で素晴らしく男らしい! 会社だとそれが求められてないってのが惜しいな」 「それが求められてる会社なんてないけど」 「はっは、確かに! わかってるねぇ、月子ちゃん」 「ほめられてる気がしない」 「オレさぁ、今回の仕事、大変だったんだぜー。クライアントが物分りの悪いジジイでさ、感覚的にも全然ウマが合わねぇしさ、デザインで儲けることしか頭にないんだから」 「ああ」 「それでも、ギャラがいい仕事だったしよ、棒に振るわけにもいかなくて、重箱の隅つつくような嫌味言われながら妥協、妥協で涙を飲んでこなしたよ。後味わるっ! あーあ、終ったけど楽しい仕事じゃなかった。疲れた」 「エライなぁ。仕事は仕事として、やり遂げられるだけすごい」 「わかってないなぁ、おまえ」 「なにが?」 「だってオレ、アーティストなんだぜ」 「知らなかったよ」 「冗談言うなよ。自分で感じたことをそのまま表現する、それを仕事にしたかったからこの道を選んだんだよ。でも、生活していかなきゃならんからなぁ。そうも言っていられなくて、それが一番辛いところだ」 「ふうん」 「おまえとか、アーティスト系なのかもしれないよ」 「何を突然。私、絵も描けないし歌も歌えないよ」 「そういう意味じゃなくて。オレがこの世界にまだいるのは、自分のやりたいこと以外の仕事でも、生活のためにがまんしてやってるからなんだけど、おまえはさ、その妥協をしないでずっときてるわけなんだから、そのうち、形になるんじゃねぇの?」 「は。仕事場が一つも長続きしないのに、何かが形になるわけがない」 「本物のアーティストはさ、感じたことや表現したいものが先にあるんだよ。それが自分自身だってことも知っちゃってる。だから、それ以外に何を言われても、どうしようもないんだよ。それしか、表現できない。それを貫いていくのが、真のアーティストだよ。風当たりは厳しいけど」 「で? 私と何の関係があるのさ」
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