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もしもし?もしもし?先生、やっと電話にでてくれたんですね。皆様いつも忙しいって、いいわけばかり。今日という今日は、ちゃんとお話させていただこうと思って、朝から何度もご連絡さしあげているんですよ。
お願いですから、我が家の近所に娘さんが、女の子のお子さんが居るご家庭を、住まわせないように、引っ越していただけるよう、先生から忠告していただけないでしょうか。
息子はいま、いろいろ学ばなくてはいけない大事な時期なんです。
もしあの子が気の迷いを起こしてしまったら、どこかへふっと私が知らない女の子と手をつないで消えてしまったら……ああ!考えるだけでもいやらしい!気持ちが悪い、吐き気がするわ!
先生、先生、そんなことになってからじゃ遅いんです。なにかあった場合、教育者として責任をとっていただけるんですか?
母親はね、みんな子供がかわいいんですよ。
おなかのなかで育てて、苦しんで、痛くて痛くてたまらない思いをしてようやく会えるんです。先生はまだ独身ですよね?じゃあ仕方ないわ、私の大変だった気持ちなんか、少しもわかりませんよ。わかるはずないわよ。
あのね、先生。
母親になってはじめて、保護者と気持ちが通じるんです。
ちょうどいい機会です、先生もお近くにある宿舎から、マンションでもアパートでもなんでもいいですから、引っ越していただけませんか?出来れば、車や電車で長い時間かかる場所がいいんですけど。
だって、先生も女性じゃないですか、なるべくなら、あの子の担任にもなっていただきたくないんですよ。間違いがないとは、言えないでしょ?
母親として、心配は、いやらしいことは、小さいうちに摘み取っておきたいんです。跡形もなく、あの子が気づかないうちに。
もしもし?もしもし?聞いていますか?先生?先生?
……ちん。
僕は黙って、受話器を置いた。
色あせたポスターに、不器用な貼り絵に、ほこりをかぶった黒電話。
部屋に入ったとたん、電話がけたたましくなって、思わずとってしまった。
知らない女がまくしたてる声に、耳が痛くてたまらない。
「ここ、幼稚園だったんだよな?」
廃墟仲間に訊くと、みんな、黙ってうなずいた。
小さい小さいブランコが、きいきいと、さびた音をたてる。
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