1話 美憂の憂鬱

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どっちでもないです。ただのテレポートです。 でもそんな事言ったって不審がられるだけだ。 「そ、そうです!私の祖先は忍者だったらしくて。伊賀流だったかなぁ。ははは……」 何とか顔の筋肉を引き上げて笑顔を作る。 そしてそれこそ忍者のように足早に、更衣室を脱した。 「た、助かった……の?」 先輩に本当の理由を話す事なく切り抜けられた自分を褒めたい。 いや、先輩があまりグイグイ来なかった事に助けられたに違いないのだけど。 そう、私の秘密。 誰にも言えない、遠くの高校に通ってまで隠したかった秘密。 それは―― 好きな人の事を想い過ぎると、その人のいる場所へテレポートしてしまう事。 相手がどこに居ようと、それがトイレやお風呂だってお構いなしで、テレポートしてしまう。 (だからもう誰かの事好きになるのはダメだって決めてたのに) なのに、私はまた凝りもせず、先輩に恋してしまった。 それも、テレポートするくらい、本気の恋。大好きで大好きで、苦しくなるような恋。 「美憂何してんだよ」 声を掛けられビクリと肩を震わせると、呆れたような顔で溜息をつく孝宏の姿があった。 孝宏は私のクラスメートで、高校生活最初の席で隣になってからよく話す仲だ。 「孝宏こそ、何してんの?」 「は?俺は着替えに来たんだけど?今部活終わったトコ」 「あ、そっか。そんな時間だよね。いやぁ、ごめんね?どーぞどーぞ」 男子更衣室のドアの前からどいて逃げるように道を譲る。 「変な奴。お前も今から帰んのか?」 「うん、そうしようかなぁ」 (本当は帰ってる途中のバスの中だったんだけど……) 「なら少し待ってろよ。駅まで送ってやるから」 「え?いいよ」 「もう暗いだろ。一応気をつけろよ」 「一応は余計でしょ」 「じゃあ素直に待っとけ」 私に反論を許さないという様に、更衣室の中へ消えていく孝宏を見送る。 そういえば中にはまだ先輩がいるんだった。 鉢合わせるのはなんとなく気まずい…… 「やっぱり先に帰ろう」 ごめんね孝宏、と心の中で謝って、足早に校門へ向かうのだった。
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