一章 翳った太陽

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「先ぱ…っ、もうオレ…っ」 「……ん、いいよ…来て」 汗ばんだ額を窓から入り込んだ少し湿気を孕んだ風が撫でていく。 天気予報は明日も晴れらしいけど、この湿気じゃ雨になるんじゃないかな。 空も少し雲が多くなって来たし。 帰りまで持てばいいけど。 僕の胸に顔を埋めて呼吸を乱したままの少し癖のある髪をそっと撫でながら、視線はぼんやりと窓の外を流れる雲を眺めていた。 「そろそろ戻らないと、予鈴が鳴っちゃうよ?」 逞しい肩をそっと押せば、直ぐに身体に掛かっていた重みが消えた。 カチャカチャと忙しなくベルトを締める音を聞きながら、また窓の外に目を遣った。 ぱんぱん、と布を叩く乾いた音がして視線を戻すと、床に脱ぎ捨てたままだった制服のズボンの埃を丁寧に払い、下着と共に僕の下腹部に掛けてくれる真っ赤な顔と目が合った。 ぶっきらぼうに見えて、結構繊細で気の利く子だ。 自然と頬が緩む。 「ありがと。君は先に行って?」 名残惜しそうに扉を開けて、入り口に立った彼が遠慮がちに声を掛ける。 「あの、また、会ってくれます、か…?」 暗い廊下に立つ彼の顔は、逆光になっていて良く見えない。 無言のままにこりと笑った。 扉が閉まり遠くなる足音を聞きながら、古い大きなソファに背中を預けたまま大きく息を吐き出す。 また、ね。 無言の笑みを向こうがどう取ったかは分からないけれど。 正直顔すら碌に覚えていない。 名前は、聞いたかもしれないけど勿論覚えてる筈もない。 一年の、何か運動部の子。
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