思い出

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 夢の中の彼女は俺の記憶のままに、一人だった。  一人自分の机で本を読んでいる。 ただ、だからといってクラスメイトと不仲というわけではなかったと思う。 誰とでも分け隔てなく付き合っていた印象だ。 教室で彼女の笑顔を見かけることも多かった。  けれど、自分から話し掛けている姿は見なかったようにも思う。 彼女の深いところを知らない俺に語れることはそう多くない。 俺の知らないところではもっと愛想の良い少女だったのかもしれない。  しかし、仮に彼女がそんな人間であれば、俺は彼女に惹かれなかったと思う。 何故なら俺は、一人黙々と本を読む彼女の姿に惚れたのだから。 夢の中で彼女がずっと一人なのはきっとそのせいだろう。 音のない世界に彼女と二人。 伏せられた目が文字の羅列を只管に追う。 僅かに揺れ動く目。 垂れる長い黒髪を耳へと流す仕草。 その目の輝きにときめき、静かで凛とした雰囲気を崩すことのない尖った顔立ちに惹かれたのだ。  俺は話し掛けることもせずただ彼女を見つめ続けていた。  夢は、それで終わる。 決して何かが起こることはない。 それがまた俺の胸をざわつかせる。 何て意味のない夢だろう。 普通夢というのはもっと破天荒で常識破りなものを見るのではないだろうか。 空を飛んだり異能の力で戦ったり。 気になって前に調べたことがあるのだが、夢というのは自身の精神状態に影響を受けたり、記憶を整理するために見るものだとされているらしい。 所謂「明晰夢」というものだ。 だとしてもやはりどこか納得がいかない。 確かに彼女は俺の記憶の一片ではあるかもしれないが、それにしては動きがなく、とても記憶の整理をしているという感じではない。 俺自身の生活にも変化は少ない。  では、なぜ。
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