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その日も彼女は現れた。
俺もいつものように彼女の前の席に座り彼女を見続けた。
最初は記憶の中にある自分の席から彼女を見つめていたのだが、何度も繰り返し夢を見ているうちにこの教室内には誰もこないということ、彼女がこちらを見ることがないという確信を持っていたので大胆な行動に出ていた。
この絵面も、誰かが見たら警察に通報されるレベルで異常な光景だと思う。
だが、構うものか。
これは俺の夢だ。
俺の中だけにいる彼女だ。
ふと、彼女の読んでいる本に目を移した。
あまりにも彼女のことだけを見つめすぎて気が付かなかったが、彼女の読んでいる本の残りページ数が少ない。
あと数ページで読み終わってしまうようだ。
そういえば、俺が夢を見ているその間、彼女はずっとこの本を読み進めていたのだろうか。
数百ページはあるだろう、濃い緑の装丁がされた文庫本。
それがもうすぐ読み終わる……そう考えた時、俺の脳裏にある予感が過ぎった。
彼女がこの本を読み終わった時、彼女はこの夢を去ってしまうのではないだろうか。
もう逢うことが出来なくなってしまうのではないか。
俺は恐ろしくなった。
同時に気が付く。
俺は失ってしまったあの気持ちを、彼女に恋をしていた頃の気持ちを思い出していたのだ。
俺は彼女に、もう一度恋をしていた。
嫌だ。
失いたくない。
もしかしたら、あの頃以上に強い気持ちがあるのかもしれない。
そして俺はそれまで考えることもしなかった「彼女に触れる」ということに思い至る。
本を読み進める彼女の手を掴んでしまえば、夢が終わることはないのではないか。
彼女がページを捲ろうとするその瞬間、俺の右手は無意識に彼女の右手に伸びていた。
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