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「ユーリっ、お前、こんな所に居たんだな」
「……ああ、時雨。どうしたんだ? 僕を呼びに来たのか?」
草原に座って遠くの景色を眺めていると、僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。時雨は今まで走って僕を探していたらしく、息を荒くしていた。
「まあな。先公、驚いてたぜ。優等生の香枝侑里がいきなり学校を抜け出すなんてな。それに…今頃、泣いてるかと思ったけど」
「泣く? 何故」
「……正哉が、死んだんだぞ」
「そう言われればそうだね。でも、女の子じゃあるまいし、同級生の死に泣き叫ぶなんてこと、しないよ」
僕がそう言うと、時雨は軽く眉根を寄せ、息を吐きながら僕の隣に座った。芝生で汚れるのも気にせずに、腕を頭の後ろに組んで寝転がる。
「男でも女でも、親しい者の死には泣くもんだろ」
隣で空を見上げている友人。彼は、僕と正哉の間に何があったのか知らない。
きっと彼の記憶の中で、正哉は朗らかに笑っている。僕も知っている、壁画の天使のような美しいあの顔で。
この学校の全ての人間が、正哉を天使のようだと信じて疑わなかった。
「ユーリ。本当に…悲しくないのか?」
時雨が、いつもは見せないような顔で躊躇いながら尋ねた。
「悲しいよ。篠雪正哉は、僕のルームメイトであり、クラスメートでもあった」
「…でも、正哉は……」
「時雨?」
時雨は途中まで言いかけ、僕は、空を仰ぐ彼の方を向いた。
「…悪い。何でもない」
草の跡のついた彼の手が僕の腕を掴み、その後彼は、一回も口を開かなかった。
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