29人が本棚に入れています
本棚に追加
*
「香枝君。明日の夕方、新しいルームメイトが来ます。今日は一人で心細いかもしれませんが……いえ、おやすみなさい。良い夢を」
「先生も、どうぞ良い夢を」
正哉は今日死んだ。今日の朝死んだ。だから昨日の夜、この部屋には二人の人間が居たんだ。お互い、いつも通り何も話さず、目も合わさずに一夜を過ごした。
…今日、この部屋には僕が独り。
「天にまします我らの父よ、願わくば…」
『願わくば』
「皆の尊まれんことを御国の来たらんことを」
『明日もユーリが幸せでありますように』
「…アーメン」
今宵、君は隣に居ない。何が起きたって、もう二度あんなことは繰り返されない。
僕は振り返らなかった。その必要は無かった。
「ユーリ」
ドアを軽く三回ずつ二度ノックする音がして、ドア向こうから聞き慣れた声が僕の名を呼んだ。
「もうとっくに消灯時間は過ぎてるけど」
ドアを開けると、そこには、黒いコートを着た時雨が立っていた。
「悪い。何だか眠れなくてさ」
そう言った彼の声は少しかすれていた。しばらくして、小刻みに揺れている肩に気付く。
「…そこに座って。紅茶を入れるよ」
最初のコメントを投稿しよう!