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   * 「香枝君。明日の夕方、新しいルームメイトが来ます。今日は一人で心細いかもしれませんが……いえ、おやすみなさい。良い夢を」 「先生も、どうぞ良い夢を」  正哉は今日死んだ。今日の朝死んだ。だから昨日の夜、この部屋には二人の人間が居たんだ。お互い、いつも通り何も話さず、目も合わさずに一夜を過ごした。  …今日、この部屋には僕が独り。 「天にまします我らの父よ、願わくば…」 『願わくば』 「皆の尊まれんことを御国の来たらんことを」 『明日もユーリが幸せでありますように』 「…アーメン」  今宵、君は隣に居ない。何が起きたって、もう二度あんなことは繰り返されない。  僕は振り返らなかった。その必要は無かった。 「ユーリ」  ドアを軽く三回ずつ二度ノックする音がして、ドア向こうから聞き慣れた声が僕の名を呼んだ。 「もうとっくに消灯時間は過ぎてるけど」  ドアを開けると、そこには、黒いコートを着た時雨が立っていた。 「悪い。何だか眠れなくてさ」  そう言った彼の声は少しかすれていた。しばらくして、小刻みに揺れている肩に気付く。 「…そこに座って。紅茶を入れるよ」     
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