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「落ち着いて…お願いだから落ち着いて聞いてくれ」
「分かった」
「…俺のせいなんだ。正哉が死んだのは」
――――ずっと、目の前にある、彼の髪を見ていた。
「それは…時雨が彼を殺したって意味なのか?」
「違う。でも…」
言葉を重ねるごとに彼の声は痛みを増していった。
「澤井春霞。お前も知ってるだろ? よく俺につきまとって、冗談か本気か分からないような顔をして何度も俺に好きだと言ってた奴だよ。
……春霞が、正哉を殺したんだ」
「それがどうして君のせいだと?」
時雨は僕の腰から手を離すと、口を軽く開けたまま僕を見つめ続けた。僕はただ何も言わずにその目線を受け止め続けた。
不意に、時雨が口の端を上げた。
「俺は昨日春霞に誰か好きな人でも居るのかと聞かれて、『正哉』と答えたんだ。俺はいいかげんあいつから逃れる口実が欲しかったし、正哉が相手なら向こうも諦めると思った」
時雨の睫毛が、恐れからか悲しみからなのか、震えている。
「今朝、彼の死は事故死と…」
嘘ではないと知っていながら僕はそう問い、時雨は辛そうに首を横に振った。
「…あいつは泣いてそのことを俺に告げたけど、俺は、何も言えなかった。…責めることが出来るか? ユーリ。お前なら……責めることが出来るか?」
「……いや」
その時、鈍くて重い音がした。脳よりも先に肩が反応する。高鳴る心臓をなだめながら音が聞こえてきた方に目を向けると、正哉の机の下に、小さな山となって積み重なっている黒い塊が見えた。
「あ…本か」
時雨は静かに紅茶を受け取り、僕は少し温くなった液体を口に含みながら正哉の机に近づいていった。近くで見ると、かろうじて「英語」「数学」という文字が読みとれた。
「時雨、ちょっと来てくれ」
「……ああ」
時雨は、ゆっくりと立ち上がりながら、顔を僕の方へ向けた。僕は近くから懐中電灯を取ると、それで机を照らした。
「悪いけど、このままじゃ気になるから拾ってくれないか」
僕の声が空気に響いてしばらく経った後、時雨は驚き傷ついた顔をして僕の方を見た。
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