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そんな出来事があった事をすっかり忘れていた、ある日。
家事をある程度終えた時間に電話が鳴った。
電話に出ると、近所に住む友人から。
今からお茶に行かないかというお誘いだった。
快諾し、出掛ける準備をする。
母の気に入っていた、パステルカラーのカーディガンを着て行こうとすると、“カサリ”と音がした。
”あれ?”と思いながら、ポケットをまさぐると、いつぞやと同じように小さな紙切れがあった。
広げてみると、やはり母の文字。
『台所注意』
またもや一言だけ。
その時、前回の事が頭の中で鮮明に蘇り、家を出る前に台所に行くと、消したと思い込んでいたのに、シチュー鍋を火にかけたままにしていた。
もし、あのまま家を出ていたら、鍋はまる焦げ。
それどころか、下手したら大惨事になっていたかもしれない。
私は紙切れをギュッと握った。
いつもそそっかしく、慌てん坊で、手の掛かったと言われる私。
母はきっと、そんな私が心配で、今も尚こうやって見守ってくれている。
いいえ。
きっと、母の服を着るという事は、そのまま母の想いに包まれているという事なんでしょう。
私は着ているカーディガンを抱き締めるかのようにして、母の死以降、初めて大声を上げて泣き崩れた。
中々来ない私の事を心配して、友人が家に呼びに来るまで、みっともないくらい大声で泣き続けた。
それからも、相変わらず心配性の母は、私に『一言』手紙を時々くれるのだが、あまりのおっちょこちょいさに呆れたのか、この間はとうとう、『世話の掛かる子ね』と、注意でも何でもない、母親らしい言葉だけが綴ってあった。
私はそれを見て口元を緩め、母の服をこれからも大事に着ようと思った。
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