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ゴオッと細い管をガスが通るような音。なにか仕掛けがあるのだろう、床にライターのような小さな火が灯った。その火はみるみる大きくなり、床全体をおおい尽くす。そしてエリの膝ほどの大きさになる。
隣で誠司が顔をそむけた気配がした。
エリが腕で煙と炎を振り払うような動作をしながら、甲高い悲鳴を上げる。その声はどこか嬌声に似ていた。
嫌悪と、恐怖と、そして正直にいえばかすかな興奮で、心臓が痛いくらいに高鳴った。
エリのしなやかな手が自分のノドを押さえる。炎は容赦なく勢いを増し、エリの胸と頭を覆い尽くしていく。もう彼女の姿は影絵のようにしか見えなかった。その影が煙をまとい、苦しみのあまりこの世のものとは思えない舞踏を踊っている。
そのうちに、だんだんとその影がロウソクのように溶け、縮んでいった。それにつれ炎も小さくなり、やがて消えていく。残されたのは、ちょうど人がうずくまったぐらいの黒い塊だけだった。
「なんで、なんでこんなこと……」
自分が放った言葉が、ひどく震えていた。
「きっと、エリのやつ、借金でもしてたんじゃないか。でなければさらわれたか……それでスナッフビデオに……」
画面には、相変わらず黒い残骸が映り続けている。動く物といえば、天井の隅のクモぐらいだ。いつのまに獲物を捕らえたのか、巣には蛾が一匹ばたついていた。
そしてそれも真っ暗になり、DVDは止まった。
おかしい。そんな言葉が頭に浮かんだのは、エリの死を認めたくなかったからかも知れない。
いくら焼かれたといっても、火が赤く見える程度の温度で、人体が骨まで燃え尽きるものだろか。それに燃え残った塊。確かに真っ黒だが、よく見ると生々と赤く濡れている部分がないだろうか? それに火が消えたばかりなのになぜそこから煙が上がっていない?
俺は、もう一度映像を最初から見ることにした。画面にまた地下室とクモの巣が写し出される。テレビのスピーカーから、エリの悲鳴が聞こえてくる。
はやく違和感の正体を知りたくて、俺はそこで早送りのボタンを押した。
画面の隅でクモがかさかさと動きまわり……『口から蛾を少しづつ吐き出し』て、『組み立て』ている。
クモは、とうとう完璧な蛾を作り出した。ばたばたと羽を暴れさせる蛾を。
この映像は逆回しだ。本来の時間をさかのぼった状態でDVDに収められて――
チャイムの音がなった。
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