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文久(ふみひさ)は、タバコの煙がこもる小さな事務所で受話器を取った。周りには同じような男が同じように受話器を握っている。会社に渡された名簿を見ながらダイヤルを回す。
「もしもし、お婆ちゃん」
そう、文久は振り込め詐欺に手を染めていた。
『はあ……』
電話に出た老婆は、あいまいな返事をした。
「実は、事故を起こして。お金が必要なんだ」
文久は、かなりの金額を言った。
『あ、ああ……』
孫の事が心配なのか、老婆はすすり泣いているようだった。そして、しわがれた声で続けた。
『あなたは、私の孫じゃあないよ。あのねえ。実は私の孫は事故で……』
「なんだよ」
文久は舌打ちしながら電話を切ろうとした。
『待っておくれ、切らないでおくれ』
その言い方があまりにも必死だったので、文久は思わず手を止めた。
『言われた通りのお金を払うから、私の孫になっておくれ』
つまりは、しばらく孫のふりをして会話をしてくれと言う事か。
どこかでテレビがついているのか、人の声のような音がしている。一人暮らしで話し相手もなく、寂しさで一日中つけっぱなしなのだろう。
「まあ、金をくれるなら」
ひょっとしたら今まで人を騙してきた罪悪感があったのかも知れない。少しの間、死んだ自分の祖母を思い出したせいかも知れない。
文久はしばらく付き合う事にした。あまり長くなるようなら切ってしまえばいい。
『トシ君は小さい時から勉強ができたわねえ』
「うん」
テレビの音が少し大きくなったようだった。何を言っているかは聞き取れないものの、どうやら男の声だとは分かるくらいに。細かい所が聞き取れない言葉は、まるでうめき声のようにも聞こえた。その音が少し不気味で、文久は眉をしかめた。
『でも、体が弱くてね。病気、治るまで大変だったわよねえ』
このばあさんの孫は、事故で死ぬ前は病気だったらしい。つくづく運のない奴だ。
『それでも一生懸命勉強して、せっかくT大に受かったのに』
うねるような男の声が、また大きくなった。
(これは……お経、か?)
受話器を持つ手が汗ばんだ。心臓が激しく暴れまわる。
『入学式前に、車にひかれてしまうなんてねえ。それも、あんなにひどい……血がたくさん出て。痛かったろう、さぞ無念だったろうねえ』
お経の後で、また違う男の声が響いた。
『本当……時……痛くて……』
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