エンドロールは君と一緒に

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大切な思い出。 私の人生から、一つ、失われようとしている。 場末の小さな映画館だった。 その映画館が来月中に廃館になってしまうと言う。 その映画館では主にヨーロッパの古い恋愛映画を上映していた。 時流に流されない独自色の強い映画館だったが、遂に廃館となってしまう。 しかし、それはそれでありかなと思った。流行に染まって映画館の生命を保たせるより、頑固親父のように、己の主張を曲げず、潔く己の最後を受け入れる。 映画館のオーナーは物腰柔らかなご老人だったが内に熱い映画に対する情熱、拘りを秘めておられたので、私はこのような結末を映画館が迎えるのは、寂しくはあったものの、同時になんとなく、ホッとした自分がいるのにも気づいていた。 この映画館は私の人生の在り方を決定付けた映画館だった。 ビセンテ・シモン 高校生の頃、彼の出演するフランスの恋愛映画をこの映画館で知り、そして彼に、フランス映画にぞっこんになった。 映画の中のビセンテは20代。しかし、銀幕のスターの片鱗はその頃から覗かせていた。白黒映画の中のビセンテは伊達でチョイ悪で女誑しだったが、なぜか憎めない女心を惹き付けるそんな魅力的な、そう役柄を越えた、ビセンテの魅力に私は強く惹かれたのであった。 そして私は自身の進路を決めた。 翻訳家になろう!そう、映画の字幕を翻訳する映画翻訳家に! そして私は大学のフランス語学科に合格し、卒業後、著名な映画翻訳家に弟子入りし、そして苦学の末、憧れの映画翻訳家になり、本懐を果たしたのであった。 ただ残念なことは、憧れのビセンテは30代中頃で銀幕のスターらしく派手に稼いだ後、突如引退してしまい、その行方は杳として知れなかった。ビセンテが映画業界を引退したのが1950年頃。私が映画翻訳家デビューしたのが26歳、1970年。丁度、20年前にビセンテは彗星さながら映画業界を去ったことになる。そして今は1980年。ビセンテがもし銀幕のスターとして活躍していたら65歳ぐらいだ。 私は一抹の希望を抱いていた。私が映画翻訳家として活躍する時、再びビセンテが映画業界に舞い戻って来てくれることを。 しかしその夢は叶えられることはなかったのであった。
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