エンドロールは君と一緒に

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私は、映画翻訳家として活動し始めた卵の頃の苦労、徹夜して翻訳した作品がヒットした時の喜び、そしてこんな私にも送られて来たファンレターなど、様々な映画に纏わる回想を胸に、秋の夕暮れを頭に冠し、てくてくと町の場末にある例の映画館を目指して歩いていたのであった。 そして10分程で映画館に到着した。映画館は一年を通じて蔦の衣服を纏っていた。蔦には色々な種類があるようでこの映画館の蔦はへデラと言う種類で一年中緑を保っている種類の蔦だった。 若々しい緑の蔦が逆に寂しさを演出していた。私はそっと蔦の葉を撫でて映画館の中へと入って行った。 今日の上映は予め分かっていたので迷うことなく私は料金を払うと小さなホールへと入って行った。 客はやはりと言おうか殆どいない。私を含めても4人。いくら昔の映画とは言え、内容は素晴らしかったのでもっとお客さんが来てくれたら、廃館にならずに済んだのにな・・・そんなことを思いながら一番前の座席に座った。 今日はビセンテ主役のフランス恋愛映画  Debut de l'amour 恋のはじまり、だった。 そして映画館の照明が落ち、暗くなり、映画が始まった。私の人生を決定づけた映画館。そしてビセンテが出演する、フランス恋愛映画。 最初は映画の世界に没入していた。だが映画が終盤に差し掛かった頃、もう、何度も見た映画がこの映画館で上映されなくなることを思うと、まるで私の人生の一部が喪失してしまうような思いに陥り、私はろくに字幕を追うこともせず、フランス語の台詞を聞き分けることもなく、ただ、ぼんやりと映画が映し出されるスクリーンを眺めていた時のことであった。 「失礼、お嬢さん」 映画の上映中に声を掛けられることも珍しかったが、何よりフランス語で話し掛けられたこと、そしていくらホールが暗いからと言っても30代中頃の独身女にお嬢さんと声がけしたこの男性が気になり私は、横の席に座ったその男性を暗がりの中ふと斜に構えて眺めた。 『いくら小さなホールとは言え閑古鳥が鳴いているのだから、わざわざ横に座らなくてもいいのに・・・・・・えっ!?』 その穏やかな横顔に私の目は釘付けになった。年は取ろうが伊達でチョイ悪で、だけれども年を重ねたことによるいぶし銀のような味わい・・・。 ビセンテ・・・その人であった。
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