エンドロールは君と一緒に

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「Vicente・・・・」 思わず口から彼の名をポロリと零してしまう。その言葉に気付いたのだろう。彼は私にその顔をはっきりと向けた。 間違いなく、ビセンテだった。もう65歳のはずだったが、暗がりの中であったものの、私には50代中頃に見えた。思ったより遥かに、若々しいビセンテがそこにはいた。 そして他の客の迷惑にならぬよう、耳元で小声で話し掛けて来た。 「僕を見てビセンテだと気付く君は一体何者だい?」 私も彼の耳元で小声で返した。憧れの人とのゼロ距離に鼓動が嫌でも高まる。 「私は映画翻訳家です。あなたの映画の影響を受けて映画翻訳家になりました」 「ホゥ・・・・」 ビセンテが目を細めて驚嘆の声を小さく上げる。 「これは一体どう言う運命だろう。いや、君を口説いている訳じゃないんだ。日本を旅行していて、ユニークな映画館があると知った。しかしその映画館は廃館すると言う。映画館に連絡を入れると今日僕が出演した映画を上映することが分かった。そこで感傷に駆られてぶらりと寄ってみたんだ」 本当に信じられない邂逅だった。 映画館が終わりを迎えようとしている・・・その時にまさか、私の人生を決定付けた人と出会うなんて。 神様は・・・こんな悪戯を時々、きっと行うものなのかも知れない。 まるで・・・映画の中のような出来事ではないか! ビセンテが透き通るようなグリーンの眼差しをこちらに向けている。私も黙ってその瞳を見詰めていた。 私は、この映画の中の出来事のようなシナリオがここで終わってしまう、いや、終わらせてしまうことは、一生の後悔になると思った。 シナリオの伏線は回収出来ないかも知れない。即、破綻するかも知れない。でも、私は神様がここまでお膳立てしてくれた、その運命の悪戯のようなものに勇気を持って乗ってみることにした。 ここまで恋をあまりすることはなかった。仕事一筋で現実志向ありながらも、どこかで映画のような、少し非日常的な恋に憧れる自分がいた。 人一倍奥手な私が勝負に出た。 「ビセンテは・・・今独身?」 するとだった。私に向けていた顔をスクリーンに向けて黙ったまま映画に目をやるビセンテ。 私は悔やんだ。そう、ビセンテはかつての銀幕のスター。どこの馬の骨とも知れない映画翻訳家のしかも初対面での、いかにも下心丸出しの質問に興が冷めても仕方がないと思った。
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