第1章

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ブルーベリーヨーグルトが、いつの間にかなくなっていた。三日前、確かに買ってきたはずなのに。  風呂上がりに冷蔵庫の前で、私は首をひねっていた。 「おかしい……私、いつ食べたっけ?」  私は一人暮しなので、勝手に人の物を食べてしまうような同居人はいない。三十代OLで、食べたことを忘れてしまうほど歳をとっているわけではない。 (いや、いや、待て。ひょっとしたら、飲み会でベロベロに酔っ払って帰ってきたことがあるから、その時に食べちゃって覚えてないに違いない)  これ以上考えると色々不気味な考えが出てきそうで、私はむりやり自分にそう言聞かせ、気にしないことにした。  朝になり、彼女が出勤して、忘れ物を取りに戻ってくる心配もなくなるほど十分な時間が開いたころ。天袋がゆっくりと開いた。そこから破れた靴下をはいた足が二本、ぬっとたれる。天袋から現われたのは不精ヒゲをはやした男だった。  ホームレスだったその男が、空き巣に入ったこの部屋を気に入り、天袋に隠れ住むようになったのは三ヵ月ほど前の事だ。もちろん、それだけ長い間ばれずに過ごすには、細心の注意を払った。  あの女は朝になると仕事に出かけるから、本来なら帰ってくるまで大きな音を出さなければそれなりにのんびりできるだろうが、男は必要最低限の時にしか戸棚の中からでなかった。マンションの三階とはいえ、誰がガラス窓からこの部屋を見ているとも限らない。うろつき回る自分の姿が見られ、「アイツは誰だ」とでも女に告げ口されたらたまった物ではない。  また、部屋にある物は極力触らないようにした。テーブルの上を動かして、女に「これ、ここに置いたっけ」と不審がられてはいけない。  用足しと冷蔵庫の物を失敬する以外天袋の外に出ず、自分の居場所にこもる生活は、多少キュウクツだが雨風は防げるし、暑い夜には女がクーラーをかけてくれる。路上で寝ていた時に比べれば天国のような生活だった。それに、風呂上がりに半分裸のような格好で歩く女を隙間から見下ろすのは何ともいえない楽しみがあった。  が、そろそろ潮時のようだ。女は薄々こっちに気づき始めているようだ。女はずぼらな性格で、買いためた商品の内訳を忘れてしまうようだった。そこにつけこんでパンやソーセージ等いただいていたのだが、さすがに不審に思いわれ始めたようだ。そろそろ家を出ていくべきだろう。
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