第1章

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 後妻である明美の死は、間抜けなほどあっけないものだった。駅で、落ちた指輪を拾おうとして身を屈めたひょうしにホームから落ち、やって来た電車に切り刻まれたのだ。普通、指輪なんてすぐに外れるものではないだろうに、運が悪いとしかいいようがない。 俺が前妻の優子と別れ、不倫相手だった明美と結婚したのは数年前のこと。二人の間に子供はなく、明美が死んだ今、家族と言えるのはポメラニアンのブロックぐらいだ。しかしその犬も獣医の世話になりっぱなして、もう長くはないだろう。 「これが奥様の遺品です」 そう警察から渡されたのは、いつも妻が持ち歩いていた小さなバッグだった。中に細々とした物が入っている。折りたたみの傘、小さな手帳、妻の匂いのする化粧道具。その中に、ケースに入った小さな指輪があった。黄色がかった宝石がはまっている。妻は、これを拾おうとして命を落としたのだ。間接的に妻を殺したその指輪の存在が、俺には不気味に思えた。 見慣れない指輪だった。少なくとも、俺が買ってやった物ではない。あまり高そうな物ではないし、明美が自分で買ったのかも知れないが、俺に一言あってもいいのに。それに、俺は彼女がこの指輪をはめているのを見たことがない。 ケースをわざわざも持ち歩いているところを見ると、俺の目に触れないように家にいる間はこれにしまっていたのだろう。 ひょっとしたら、他の男からの贈り物だったのだろうか。離婚した後も前妻の優子をののしるほど嫉妬深い性格だったのに、浮気をしていたのだろうか? この指輪が明美を殺す原因になったのだと思うとそれも気持ち悪く、俺はロクに見もせず、むき出しのまま指輪をテーブルに放りだした。あとで売り払ってしまおう。 苦労して結婚したのに、最近は明美とうまくいっていなかった。無駄遣いをしてわがままな明美にだんだんと気持ちが冷めていった。明美も俺の愛が減っていっているのを薄々感じていただろう。  そう考えると、我ながら自分勝手だが前妻の優子が懐かしくなった。 優子は、俺と離婚してから数年後、不意の病でこの世を去っている。彼女は離婚こそしたものの、浮気がバレたあとも亡くなるまで、ずっと俺のことを愛し続けてくれたのだから。  気がついたら俺は優子の墓の前に立っていた。墓参りの時期ではなく、優子の実家のM家の墓には誰もいない。線香を手向け、祈り終わって顔をあげたとき、妙な違和感があった。
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