第1章

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 小さい頃からそこにある古ぼけた神社で、何かの祭りが行われている。境内に屋台が出ている。その奥で神主たちが集まって祝詞を上げている。風が吹く。社の上に渦巻く光が見える。ふうん、祭りで儀式をやると、本当に神様が来るんだ。ずい分と荒々しい気配で、縦横無尽に飛び回る勢いだ。それに誘われてなんとなく足を踏み入れる。豊受(とようけ)の神。札には、五穀豊穣を司る女神と書かれているけれど、女神のへったくれもない中世的な力強さだこと。尋ねてもいないのに、声が聞こえる。    「おまえは経験を積まなければならない。なぜなら、まだ人として未完成であるから。一つ、一つの出来事を、経験として味わわなければならない」    神が言う、ありがたいお言葉。  このぼくの苦悩を、「経験」なんていう簡単な一言で片付けるのか。  ぼくの頭には、何も考えずに草を食み続ける馬の姿が浮かんで、それなら何も感じない心をくれればよかったのにと思う。  傍らには祭りに高揚する子どもたちと、祈り、お賽銭を投げ、神にすがり敬う人々がいて、楽しそうで、なぜだか満たされている。  あなたたちがすがろうとする神様は、そんなにやさしくはありません。  言うことだけ言い、助けてなどくれない。  人間仕様のそんな細やかな役割は、最初から担っていないのだと思う。  冷たいじゃないかとつぶやけば、人にはその力が最初からあるのだと屁理屈を言う。  そう結局、大事なことは、全部自分でやらなくちゃいけない。    それを知らずに願いを楽に叶えようと、すがり祈る人の多いこと。ああ、神様の声が聞けても、渦巻く光の姿が見えても、ぼくは何も得しない。「眉間の目、触覚の耳」なんてない方がいい。わかっても、見えても、やることは人と同じだ。それならば、見えない方がよかった、感じない方がよかった、紛れられる方がよかった。    ここは苦しくて。  普通に息がしたいんだ。  それを秘密のノートに書いて、ひとりぼっちの部屋で歌った。  その頃ぼくはギターを弾くことを覚えて、糸が出す音のすごさに驚きながら、それらの糸が重なって紡ぎ出す音に感動しながら、自分の音を乗せて息をすることを必死に試みていた。    神様は知らん顔をする。  不器用な人間は自分で探すしかない。息をする方法を。  なんてまどろっこしくて無駄の多いハンデだろう。
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