第1章

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 「は。おまえがそんなことを言うとは。いいか、先生はな、そんなことを言うヤツをたくさん見てきたよ。夢があるっていいことだが、現実はちがうぞ。世の中、そんなに甘くないんだ。意気込んでいても、結局はどこにも相手にされず、挫折して人生の落伍者になったヤツを先生はたくさん知っている」    「ああ、そうだと思います」  「それはバカのすることだ。絶対にうまく行かない。できると思っているのは自分だけなんだ。そんなのは、あっという間に潰される。明るい未来なんかない。金なんか稼げない。それでどうやって暮らして行くんだ。住む所は?食う物は?着る服は?すべてに金がかかるんだぞ。親だって、いつまでも面倒なんて見てくれないぞ。フリーターやニートになるのがオチだ。うちの学校の就職率は毎年一%に満たない。なぜ、みんな大学進学を目指すかわかるか。その先の就職に大きく影響するからだ。やりたいことがあるなら、大学でやればいい。大学だけは出ておけ。それで就職の間口は広がる。やりたい仕事を見つけられる。おまえはまだ知らないんだ。人生がきれいごとじゃなく、学歴に左右される社会だってことを。高卒で仕事についても、下っ端の雑用しかやらせてもらえない。一生、そのハンデを背負うことになる。給料の額だって全然ちがう。それを逆手に取って進むことが、結局自分の人生を良くすることにつながるんだ。これはおまえのためなんだぞ。一人前に稼いで、自分で自分の生活を送れるようになってから、次の道を考えろ。今の成績なら、行ける大学は結構ある。それを見す見す棒に振る事はないだろう。先生はおまえのことが心配だから、こういうことを言うんだぞ」    ああ、先生。  この先生の熱い口調も、その一字一句も、全部ぼくの想定した通りだ。  先生の言うことは正しい。ぼくを心配して、道に迷える子羊を正しい道にいざなう良心。経験者としての教え。そして、進学率が下がることへの責任と恐怖。先生は怒られるのだろう。嫌味を言われるのだろう。責められるのだろう。こんな生徒を言うまま野放しにすることを。それがすんなり聞けたら良かったのに。受け入れて進めたら楽だったのに。ぼくが、そうできないことがダメなのだ。    でも、それが見えても、ぼくはやっぱりこのすばらしい指針を受け入れられない。  先生の良心と教えが、ぼくの色とまったくかけ離れていることを先生は知らない。
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