第1章

16/28
前へ
/28ページ
次へ
 そんなもの、誰も知るはずがない。  選択肢は、あるようでなかった。  踏み出すのは、死ぬほど怖い。だけど、自分はこうしか進めない。だからぼくは、意を決して原始に戻る。何もない世界で一から始める。そのために先生の経歴に傷をつけて、扱いづらいバカが一人増え、進学率を落としたとしても、ぼくはあらかじめ大人が言う落伍者の数に最初から入って、一からやることにする。    ぼくは高校三年の春に、学校を中退した。  身の回りの荷物を詰めて、寝袋とギターだけ持って、とりあえず東京へ行こうと思った。  選んだ弱者の道。  両親はいきなりこの世のレールからはずれてしまった大人しい息子に、ただ、ただ驚くばかりで現実を飲み込めないまま、むしろ母親など「体に気をつけてね」と、合宿か何かに行く息子を送り出すような言葉でぼくを見送った。そのくらいぼくの表情は明るかった。今までよりずっと。どの人も、言いたいことを言ってくれてよかった。「臆病者は時々、わけのわからない行動をする」くらいに、ぼくをバカにしてくれてよかった。自分を下の下に置けば、何も怖いものなんかない。考えていた時よりも、決めた後の方が、ずっと心は軽い。     金がないから鈍行列車を乗り継いで、東京まで。  いざ外に出てみれば、ぼくの住んでいた東北から東京は遠かった。  土地勘もないまま新宿の南口まで出て、荷物を傍らに置いて、ギターを弾いて歌った。  誰も見向きもせず、ものすごいそっ気なさで通り過ぎて行く中で歌った。
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加