第1章

17/28
前へ
/28ページ
次へ
 ぼくがいることを視界の中にさえ入れずに、前を向いて歩いて行く人たち。これまで感じたことのない、圧倒的な人との距離。接点なんて見つかるはずもないほど、かけ離れた場所にいる人々。ぼくと同じ人は、誰もいなかった。その事実をこの目で見た時、この距離を埋めるのは無理だと思った。どこにいても、何をやっても、きっと、ぼくと人との距離は埋まらない。それはあまりに開きが大きすぎて、悲しいというよりあっぱれなくらいのちがいで、むしろ、こんなにちがうんだったら、自分の好きにやってもたいして支障などないだろうと思うくらいに、膨大で、様々に異色で、突き抜けていた。ぼくのことを誰も知らない。そのことが逆に快感で、そしたら不思議と勇気が出て、声はよく出た。夕方から夜更けまで。我に返れば、ぼくには眠る場所がない。新宿の中央公園までたどり着き、ホームレスのじいさんからダンボールを分けてもらって公園で寝た。    寝袋に入ると、中二の時のキャンプを思い出した。  ぼくが住んでいた東北の山は、夜、恐ろしいほど真っ暗になる。何者も寄せつけない、容赦ない漆黒の闇。その闇が、ぼくにはなぜだか心地良かった。余計なものを取り去ってしまえば、きっと残るのは闇か光で、それしかない世界に実際に身を浸せば、それは静かで、整然としていて、エネルギーに満ち溢れていて美しかった。山の夜にビビっている友だちには、言えなかったけれど。見上げれば、空にはこぼれんばかりの圧倒的な星が輝いていた。遥か彼方にあるはずのそれは、野山に横たわると手に取れそうなくらい近く感じて、何も考えなくて済む闇の中で、ぼくはあの時、宇宙を想った。なんだか、懐かしくさえ感じて。    今、ぼくが見上げる東京の空は赤茶けていて、まるでどこかで火事でもあったかのように奇妙に明るい。それでも、虹色の光の輪が所々で、プワプワと浮いているのがぼくには見える。スモッグや人の思いで空さえ色を無くしても、平然と光は集まって来る。何も持たないぼくの周りにも。    ぼくは本当に何もなくて、我ながら笑ってしまうほどだった。  
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加