第1章

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 駅前でも、時には、立ち止まって聴いてくれる人もいる。たまに話をすることもある。ぽつり、ぽつりと。好きなのは有名バンドだけど、あなたの音楽嫌いじゃないよ、とか言う女の子とか。ちょくちょくやって来ては黙って地べたに座り、「兄ちゃん調子はどうだ」とか言いながら、聴いているような、何も感じていないようなおじさんとか。オレたち、ライブやってるから観に来ねぇ?とか。話していると突然、同郷のヤツにぶち合ったりして、大都会で出会うのには何か訳があるとか言って、飯をおごってくれたり、仕事の情報が得られる窓口を紹介してくれたり。ぼくが公園に寝泊りしていることは、ここでは逆に尊敬されるくらいだった。驚きと同情で狭いボロアパートに居候させてくれるヤツまでいて、何かがどこかでつながって、人から与えられたもので暮らし、そのことを心底ありがたいと感じていた。紹介してもらった仕事は何でもやった。チラシ配りや看板持ち、皿洗いや部品工場のパート、イベントの手伝い。ここでも、バンドの助っ人として入ることもあって、高校時代に色々参加していて良かったと思った。    そうして一年が過ぎた。  ぼくは十九歳になっていた。  その頃から、なぜだかわからないけれど、歌うごとに聴く人の人数が少しずつ増えて、ギターケースの小銭が貯まるようになった。ぼくの歌がいいからじゃなくて、単にぼくがいつまでたってもへこたれなかったからだと思う。来る日も、来る日も、ぼくはそこにいるのだし、通勤や通学でその駅を利用する人たちも、来る日も、来る日もそこを通るから、いつもそこにいる占い師と同じ感覚で、段々と違和感がなくなって行ったのかもしれない。    「兄ちゃん、調子はどうだ」  そういえばこのおじさんも、相変わらずぼくの歌を聴いているのか、聴いていないのかわからないけれど、結局へこたれずに一年も顔を出し続けていた。よっぽどヒマなのか、物好きなのか。    ちょうどこの頃、夜に路上で歌うぼくの視線の中を、近くなったり、遠ざかったり、何度も行きつ、戻りつしながらウロウロするサングラスの男が出現した。歌い終えて、後ろ向きでそ知らぬ振りをしているその男をつかまえる。    「おい、ユウジ!」  男は「ひっ」と小さく言ってからぼくの方を向く。彼は高校時代、ぼくにバンドの助っ人をやらないかと最初に声をかけてきた男だ。  
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