第1章

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 「どうしたの、こんなところまで来て」   「地元の商店街でおめぇの母ちゃんに会ってよ、オレが東京に働きに行くっていったら、息子が元気でいるか見てきてくれって頼まれた。ほら、リンゴ」    「わざわざリンゴを持ってここまで来たの?東北から?ありがとう」  「いや、いい。おめぇがほんとに東京で歌を歌っているとは思わなかったよ。しかも、道の上で。オレはさ、高校卒業して就職したんだけどよ、なんか馴染めなくてすぐ辞めちまった。東京にでも行けば、仕事も、なんかおもしろいこともあるかと思って」    「バイトなら紹介できるよ。結構あるよ。音楽はやってないの?」  「一時はすっぱり止めたつもりだったけど、なんかあきらめきれなくて、結局自分の家で弾いてたよ、ずっと」  「ああ、そう。じゃあ一緒にやる?ギターでもベースでもいいよ」  「ここで?」  「うん。バリバリのロックばっかりでもないけど」  「オレもちっとは大人になったからな、今はメロディアスな曲も聴くんだよ。悪くねぇよ、おめぇの曲も歌も。だけどな~オレにはおめぇみたいな度胸はねぇよ。路上ライブなんて。こう見えてオレは人見知りの恥ずかしがりやなんだぜ。おまけに打たれ弱いぜ」    「はは。気が向いたら来ればいいよ。夜は大抵、ここにいるから」  その舌の根も乾かぬうちに、ユウジはベースを担いでやって来た。曲に合わせていとも簡単に即興でベースを弾き、アレンジまでして。  ああ、いいなぁ。寄り合わされて一本に響く旋律。糸の作るハーモニーって、なんて美しいんだろう。ぼくの声は力を得たように伸びる。ずっと練習していたんだ、ヤツは。何気に腕が上がっている。驚いたのはこの男の性分で、セッションが盛り上がってノリ始めると、嘘のような身軽さと人懐っこさで客の前に行き、乗せて、歌って、客と一緒に輪を作った。小さな一体感が生まれる。空間にポッとオレンジの灯が灯る。なんだか楽しくなる。人見知りの恥ずかしがりや?スイッチが入ると別人格になるくせに。    ヤツはまた、ぼくに新たなラインを持って来た。
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