第1章

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なぜなら、その恐怖が妄想ではなく現実になることを、これまで嫌というほど経験してきたから。   ぼくは学校と言う場所があまり好きじゃなかった。  そこには人がたくさんいたけれど、誰もが体の中心で輝いている色とはちがう不明瞭な色の層で外側を覆われていて、その層から矢のように鋭い言葉や思いを発していた。 本当の色じゃないものを敢えて作って外に張り巡らし、居心地が悪そうにボヤいている。 それらが集まって作る空間はへんな匂いがして、呼吸がむずかしくなる。 ぼくはその空間に入ると痛くなる頭を抱えて、毎日学校に通っていた。  あれは中学校の時だ。 クラスの女の子が一人、教室で顔を覆って泣いていて、その周りを何人かの女子が囲んでいた。 クラスの男子がその子を臭いと言ってバカにしたせいで、女の子は泣いた。 彼女を囲む女子たちは打ちひしがれるその子に代わって男子に反論し、攻撃していた。 そんなことを言うのはやめなよ!これはイジメよ!  気の毒にも何かの理由で風呂に入れなかった女子の揚げ足を取り、囃し立てる男子、傷ついて泣く女の子、その子を一生懸命庇う女子たち。よくあることだ。むしろ、この世的に美しい場面だ。   でも、ぼくには見えてしまう。  その女の子からは本当に臭い匂いが漂っていることも、男子はそれが生理的に嫌で衝動的にイライラしていることも、彼女を庇う女子も実はその匂いに気づいていることも、それを庇うのが正しいと思っていることも、庇うことで優越感に浸れることも、女の子が今回だけでなく折をみてしばしば風呂に入っていないことも、気づかれたことをヤバイと思っていることも、きまりが悪くて泣いていることも。  誰もダイレクトにはそれを認めない。言葉や行動を駆使して真実とはちがう場を作り出す。 ぼくにはそれが、奇妙な劇団の舞台のように見えた。 皆に一人ずつ役が当たっているのにぼくだけがあぶれて、人との距離をどうしていいかわからなくなる。 人の思いはどれも、一目瞭然に自分を覆う色に出るのに。 作為によって生まれる色は自らを濁す。これは本気のことなのか問い正したくなる。  ぼくはたった一人の観客だった。 それはとても孤独で、悲しいことだ。
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