第1章

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人は嘘をつく。お願いだから誰かこの悲しみをなんとかして欲しいと訴えながら、術を示せば目を背ける。どうしてこんな目に合うのか知りたいと言いながら、本当は知ることを拒んでいる。解決したいと叫びながら、向き合うことはしたくない。こうなりたいと望んでいても、ちがう方向へとお茶を濁す。このままで、紛れながら、なんとなく、流れるままに。それをきれいな目の人に同意してもらうことを、人は望んでいる。   ぼくは、自分の言葉を封印するようになった。 カラスが、これからこの家のゴミを狙うと知っていても、教えてなんかやらない。それを伝えれば、人はぼくに問う。どうしてそれがわかるのかと。そんな理屈をぼくは知らない。人はそれが説明できなければ、怒るか気味悪がるかのどちらかだ。人の中が本当はきれいな色をしていることも教えない。知ったところで、人はそれを尊重しない。どっちにしろ煙に巻く。すぐそばに、あなたの大好きな天使がいて、あなたにいっぱい光を降り注いでいることも教えない。人は見えなければ、それがいないと言うから。それらが見える、聞こえる、感じることはぼくにとっての真実だけど、それを事実として人と共有することはあまりに困難で、真っ向から立ち向かうほどの勇気も強さもぼくにはなく、それなら伝えることなど止めて自分の真実を言わないでいる方がよっぽどこの世では楽に生きられた。当たり障りのない会話と適当な相槌で過ぎる日々。  
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