第1章

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テレビでは霊能者と呼ばれる人たちが、人の驚きや尊敬さえものにしながら、熱弁をふるっている。ぼくがもう少し器用だったら、あんなふうにはじけられたら、何も考えずにそれを言うことができたら、それで金を稼ぐと割り切れたら、こういう生き方もあったのかもしれないけれど、ぼくにとって「眉間の目、触覚の耳」など疎ましい以外の何物でもなく、人と絡ませると面倒になるばかりで悲しくなるから、それを公に使って生きて行こうなどとは思わなかった。それに、その霊能者たちが告げる言葉は、相手の人によって真実が変えられることが多かった。人が恐れるものがただの人の思いに過ぎなくても、霊能者はそれを「幽霊」とわかりやすく伝えようとしたり、事実をドラマチックに演出して感じたものを捻じ曲げた。それはぼくにとってひどく気持ち悪いことで、テレビを観ているだけで反吐が出そうだった。人間はみんなタフで、力強くて、何でもバリバリと食い、飲み込んで行く。感じたことを自分に問わなくても、生きて行ける。うやむやにできる。ぼくもそうできたらよかった。深く考えず、感じることもせず、ただ目の前のことをあたりまえに思い、暮らす。そういうふうに生きたかった。ぼくが感じることは止められも、紛れもしない。不自由なことに、見えるもの、感じるものをないことにすることは、ぼくにはどうしてもできなかった。だから、伝えることを止めた。   言葉を封印すればそれは行き場を失って宙をさまよう。  片付けられないものは、目の前にあふれ出る。  そんな時ぼくは「王様の耳はロバの耳」みたいに、誰にも見せないノートに自分の言葉を書き綴った。 ぼくはぼくの真実だけをまるで記号のようにそこに書いた。 浮かばれないその言葉を、音に乗せて歌ったりした。 そうすると、不思議と言葉はしゅるしゅると宙に溶け込んで、居場所を見つけたように落ち着く。ぼくの心も。  それでもどうしようもなくなった時は、部屋の片隅にうずくまっている霧のボールのような光の塊に自分の背中をくっつけて、泣きたい思いに耐えた。  光の塊はぼくを励ましはしない。何一つ言葉を紡がない。ただぼくの背中がその光にくっついていることを、黙って受け入れるだけだ。   不器用でバカみたいなぼく。この世から浮いてしまったぼく。紛れられないぼく。 それでも、生きて行かなければならなかった。
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