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最初に好きになったのは、その指。
私のとは違って、細長いきれいな爪をしていて……羨ましいと思った。
その大きな手に頭を撫でられたのが、きっかけ。
その次に好きになったのは、声。
そのテナーの声が、まだ仕事に慣れない戸惑う私の道標となってくれた。
あなたのその声を聞くだけで、その日一日幸せに過ごせた。
その、涙黒子も、笑ったときに出来る目尻のシワも好き。
その黒子にもシワにも触れてみたいと思ってしまう。
……それに触れて良い人はもういるのかと想いを巡らすだけで、その日は海の底まで深く沈んでしまえる。
あ……匂いも好き。
シトラスの香りがすれ違う度に鼻腔をくすぐる。
すれ違った瞬間、私はにやける顔がなかなか収まらなくていつも困る。
その、誰にでも気遣えるところも……好き。
……だと思ったけれど、そこはやっぱり嫌い。
だって、私以外の女の人にも優しく笑い掛けるから。
我が儘で自己中心的で、勝手に私に触ってくるところもキライ。
だって、あなたのその気まぐれで、私の気持ちはぐるぐるとかき混ぜられる。
私の事なんて、どうせそんな風には見てくれないでしょ?
だから、期待させるようなこと……しないで。
今ならまだ、引き返せるの。
あなたの事、頑張ったら諦められる。
なのにどうして……。
「なあ。本当に、俺の事……諦めるのか?」
何て言って、あなたは私に優しくキスをするの?
好きって……伝えてもいないのに、全部分かってるって顔して、私の涙を大好きなその指が拭っていく。
了
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