恋するケトル

1. ケトル

　夏も秋も冬も良い思い出があるわけではないが、少なくとも春には良い思い出がない。おまけに花粉症になってからはスギ花粉などという目に見えないものまで警戒しなくてはならず、どこから飛んでくるのか分からないスギ花粉にイライラしているうちにいつのまにか桜もあまり綺麗とは思えなくなった。

　「新生活応援！」と書かれたさくら色の看板が目に入り、嫌いな季節が目の前に迫っていることを実感する。生活必需品を買いにデパートを歩いていると、ステンレスのやかんが目に入った。果たしてやかんは生活必需品のうちに入るのだろうかと思案しているうちに、それはやかんではないことに気がついた。

　私はそこに置いてあったケトルと目が合った。

　その瞬間、私は恋に落ちたのだ。

　ステンレスでできた銀色の湯沸かしケトルだった。