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「謝られても、もう遅いし」
かすれた女の声がした。
彼女は振り返る。しかし、そこには誰もいない。
「あんたが余計な事するから」
かすれた声は彼女の口から発せられていた。
「今までどおり、くだらない取材を続けてれば生きていられたのにね。あ、それからあんたが調べたデータ、もう全部壊したからさ」
彼女は銃をもてあそぶように揺らしながら言った。視界の端に髪の毛が揺れる。金色の髪。
「やめてくれよ。頼むから」
男はじりじりと下がり続けながら訴えてくる。彼女は男が後ずさる速さに合わせながらゆっくりと追い詰めていく。波の音が大きくなってきた。
「それが人にお願いする態度ですか? お兄さん」
面白そうに彼女は銃口を男の顔に向けた。
「す、すみませんでした。どうか、どうか助けてください」
男の声は震えていた。
「あ、気をつけて。後ろ危ないよ」
男が振り返った。
崖だ。その下には激しく波打つ海が広がっている。
彼女は薄く笑みを浮かべながら男の前にしゃがみ込んだ。
「情けないなぁ。あんた、有能なのにね。一人で調べてあたしまでたどり着いたんだから。だけどさ、あのことを公表されると困るんだ。わかるよね?」
男は首を横に振る。まるで子供が駄々をこねるように。
月の光に照らされたその顔はこわばり、目は不自然なほど大きく見開かれていた。
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