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早く、と急かされ、ユニーは彼女の怒りを一心に受けながら困った様に呻り出した。もしかしなくともその様子を見る限りどこにしまったか分からなくなったといった表情だった。いやもしかしたらタキシード自体を作っていないのではないかとも勘ぐってしまう。怪訝な表情で彼を見詰めていた彼女の事など知る由もなく、ユニーが手にしていたドレスを近くの古惚けたカウンターの上に放り投げた。ユニーは人差し指を立て、あからさまに『今気付きましたよ』と言わんばかりに笑った。きっと彼の背後に、光る電球のマークが見えたのは幻覚ではないだろう。
そのまま店内に形作られた布の山から、何かを探そうと引っ掻き回している。
やっとタキシードを出してくれるのか、と彼女は安堵の溜め息を漏らした。店内には着々と舞っている埃の量が増えてきていた。
くしゅん、と彼女がくしゃみを一つ。
「貴方、少し部屋片付けた方がいいわ」
「そう。そうなのかな?でも君がそう言うなら、そうかもしれないね」
終始衣擦れの音しかしない店内で、彼女はすっかり存在を消していた大きな姿見の鏡を見付けた。おとぎ話にでてくるお城にありそうな姿見だったが、アンティーク調の彫刻がされている縁の金色の鍍金は所々はがれている。年代ものなのか、はたまた手入れがされていないだけなのか。
しかし流石に服の仕立て屋と名乗る事はあって、周囲から浮く程に繊細な造りをしている鏡である。
じっと彼女が鏡を見詰める。その中に、目付きの朧な女が突っ立っていた。店内の薄暗さに同化しかけている姿は、ぼうっと闇から浮き出た幽霊にしかみえない。目にかかる黒髪の間から光を喪った紅い瞳が、此方を睨み付けている。
この瞳のせいで幾度『うさぎ』と馬鹿にされただろうか。
―メラニン色素が薄いのは私のせいじゃ無い!
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