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もはや一つの芸術品を見詰め、翠は恍惚としていた目を目尻が切れんばかりに見開く。
「ユニー、貴方。知ってたの?」
「それは君がこのタキシードを、渡す相手が結婚相手だって事を?それとも、その相手が他に女を作って逃げた事を?君が…このタキシードを燃やそうとしていた事を?」
全て当たっていた。どうしてその事を知っているのか分からずに唖然とする。
「少し前に君の婚約者っていう人が来たんだ。彼はきっと君がタキシードをキャンセルしにくるからって言って、料金だけ払って行ったよ」
思わず震える足が後退る様に動くと、床の木板がギシリと悲鳴を上げて、足元に散らばっていた布きれを踏んだ感触があった。
確かに、先日翠は婚約の決定した男性のタキシードを注文した。
寡黙で、あまり表情は変わらない人だったが頭を撫でてくる手はとても優しかった。タキシードの採寸をする時も、素直にメジャーを回させてくれていたし。「此処等辺に絵本に出てきそうな、仕立て屋さんを見付けたのよ」と言った時も、「それは良かったな。楽しみだ」と一言返してくれたのに。
だから、翠は「彼も結婚に積極的だ」と信頼しきっていた。
しかし、結末はそんなハッピーエンドとは違っていたのだ。
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