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彼はそろそろ挙式で結婚プランを立てようとしていた時期に、いきなり音信不通になったかと思うと、自分が住んでいたアパートを引き払っていた。どうやら数ヶ月前から二股で付き合っていた女と東北の方へ越していったらしい。
―式場の予約をしてなくてよかった。
そんな厳しい現実を言い渡されても、翠は男を追い掛ける事はしなかった。
所詮はその程度の愛情しか無かったのだが、唯一キャンセル出来ないタキシードに頭を悩ませた。寸法は彼ピッタリに合わせてしまったし。図らずとも自分を裏切った男の遺品であるそれは、少なからず嫌悪感を抱かせる物である。
―だったら、燃やしてしまおう。タキシードを燃やし終えたら、もう彼の事は思い出さない。
―絶対に。
そして誰にも彼の事を伝えずに此処まで来たのに、たかが数回あっただけの男に心を悟られてしまった。
決心を読まれてしまった。
「翠。君は分かりやすい。そんなに泣きそうにして、本当はとっても悲しいのに。それを怒りと無関心にすり替えていたんだね」
「私は…」
「思い出したくない程、彼が好きだった?」
ぼろりと、コップに注いだ水が溢れ出す様に、目尻から滴が滑り落ちた。
メイクが落ちるなんて、気にしていられない位に次々に嗚咽が飛び出してくる。
―追い掛け無かったのは、面と向かって突き放されるのが怖かったからなの。
ただ声を上げて泣き続ける翠の肩を、ユニーは力強く抱き締めた。
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