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店内に逃げ込んだ彼は雨滴を払おうとジャケットを両手で叩いていたが、上も下もすっかり雨が浸みてしまって、なんとも這々の態だった。
「ずぶ濡れになるのも厭わない酒飲みなんて、随分芯の通った酒飲みね」
久しぶりの来客者に、手帳にペンを走らせるのを止め、シーナが笑顔で語りかけた。
いかにも商売女然とした美女から向けられた笑顔と言葉に、初老の男性も年季の入った笑顔で答える。
「久しぶりに地上に降りたもんでね。雨が降ろうが何が降ろうが、地面の上で酒を飲める夜は、一日たりとも無駄にしたくないんじゃよ」
僕は彼にひとまず乾いたタオルを渡した。
この雨の中、全身を濡らしてまで店に来てくれたのだ。
風邪などひかないでもらいたい。
「この街の路地の入組み様といったら、年々ひどくなる一方じゃないかね? まっすぐこの店を目指してきたはずなんじゃが、いやはやおかげでこの様じゃよ」
僕の渡したタオルでジャケットの水気を取りながら、男性が言う。
真白な頭髪とは対照的に、年輪を感じさせる皺が刻まれた顔は濃い褐色に焼けていて、円熟味と精悍さとを感じた。
そしてまた、彼の闊達な喋り口には、年齢を感じさせないキビキビとした若々しさがあった。
「どうも有難う。マスターさん。助かったわい」
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