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第四章 じーっと見てるわんこ
先生が院生のアシスタントを連れて、教室にやってきた。
先生の頭は髪がくるんとしている短髪天パで、前髪を軽くななめに整えておしゃれな感じ。
定年退職して年があまり経っていない。スーツを着こなして、かっこいい感じのおじさんだ。
「前回の回帰分析の続きをします……。」
はじめて会話したときのこともあって、先生を気に入っているから、苦手な情報もあまりストレスを大きく感じない。
ふと、隣の守屋を見ると、パソコンでマンガを見ていた。
授業が終わって、第二外国語の小さな教室へ行こうと近道の中庭を歩いていると、後ろからトントンと肩を叩かれた。
「…スマホ落ちたよ。」
と、片方の手のひらにのせて渡してくれた。
色黒で体格がよく、キリッとしたまゆ毛に、少しゆるんだ唇をした男だった。白いシャツをきていて、よく似合っていた。
「…!ありがとう全然気づかなかった…。」
入れたつもりが、音もなく草地におちたようだ。
ケータイを落とすなんて……とあわあわしていると、彼がじーっとこっちを見ていることに気づいた。
顔を上げると目があい、どうしたんだろうと思いつつ、よく意図がわからなかったから、ぺこりと頭を下げて語学の教室へむかった。
昼に持参のらっきょうを食べつつ、学食を食べるという、もはや我が王道ともなりぬる至福の時間に、なにやら視線を感じた。
誰だ、この時間を邪魔するのは……
と目だけ斜め前を見ると、ケータイを拾ってくれた色黒くんと目があった。
あ、また会った。
大学のショップで買ったであろうパンをモグモグしながら見ている。
らっきょうが珍しいのかなという余裕をもっていられるはずもなく、さっと目を逸らした。なんだか恥ずかしいなぁ。
顔を見られるのは苦痛極まりないが、背に腹は代えられない。
らっきょう好きだし!と再び視線に挑むが、また反射的に目を逸らしてしまう。
しばらく苦闘していた。
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