物書き

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物書き

段落は、今日もわたしの目を潤わす。 行間の音はチェロのように流れ出し、低く、ゆらゆらとゆれていた。 わたしは机にむかい、ちいさくなった2Bのえんぴつを細かく動かし空を描いていた。 「行け、風を味方につけて。雲の割れ目は東で待っている。 飛べ、羽がちぎれておちるまで。ひかりはフェンスの先にある。」 そこまで書いたところでえんぴつは動くことをやめた。 もう疲れたとばかりに芯が丸くなっていたのだ。 わたしはちいさな彫刻刀を手にとり、しりり、しりりとえんぴつを削っていった。 削りかすはうたい、おどりながらくるくるとよろこび、ごみ箱のなかへとおちていく。 わたしは足のさきをのばしてごみ箱を部屋のすみへと追いやった。 眉をしかめたごみ箱がここぞとばかりに倒れると、わたしの口からため息がこぼれた。 立ち上がり、またしゃがみ、ごみ箱を元の位置に手でもどす。 ああ、あつい。 扇風機はだいぶ前、コードにつまずきコンセントの先を折っていた。 生ぬるい風が開いたまどからすらりと入り、きのう着たセーラー服を揺らしていた。 壁はうすい木でできている。カーテンの色は今日も微妙なみどりだ。 セミの声はきのうより小さくなっていた。 庭にある一本の木に、今にも枯れそうなセミが途切れ途切れにないている。 夏は、うるさいほうがいい。 えんぴつを置きまどに近づくと、部屋の電気をつけていなかったことに気づく。 雲はまっしろに光り、まぶしいくらいの広さをもって、雨の予感を伝えてくれる。 「夕立だ」 ひとりごとは開いたまどから落ちていった。一階では母が掃除機をかけているんだろう。 があがあという音はまるでこの世にセミなんかいないかのように響きわたる。 わたしはまどを閉めた。ついでにカーテンも閉める。 わたしの体温と汗、はきだす息で、部屋はぐんと暑くなったように感じる。 もういちど机にむかい、行間を流れるチェロの音に耳をすませた。 そうだ、それを描こう。 右手に張りつく原稿用紙をたびたび剥がしながら、ふたたびえんぴつが動きだした。 目をつむる。汗がながれる。 これでいいんだ。 掃除機の騒がしい音だけが、わたしの部屋に響いていた。
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