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中にいた数名のうち、小太りで妙に顔に脂を浮かせた男が声をあげる。
「琴名ちゃぁん! ボクに会いに来てくれたの?」
「仕事です」
「林、ちょっと聞きたいことがあるんだが」
林、と呼ばれた小太りな男は、「えー、琴名ちゃんがメイド服着てくれたら教えてもいいかなぁ?」と、身体をくねらせる。
「誰がですかっ、それより仕事してください!」
「ちぇ、いいもん、いつか絶対に着てもらうから。――で、なに?」
さっと顔を『鑑識員』の表情に変える。こういう時、ああ、やり手なのだな、と琴名は思う。変な性癖はともかくとして。
「現場にあしあとが残ってただろ」
「ありましたねぇ」
「あれ、裸足か? 靴を履いていたのか?」
ふむ、と、林は首を傾けると、机の上に乗っていた書類を今村に手渡す。「裸足ですよ、間違いなくね」
「そうか」
ぺらぺらと書類をめくりつつ、さらに質問を重ねる。「現場に靴はなかったんだよな?」「なかったですね」
それだけ聞くと、今村は「ありがとう」と言って、琴名をつれて部屋の外に出る。
「なんなんですか? 自殺じゃないんですか?」
「自殺なら、どこかに靴が残ってるはずだろう?」「それはそうですけど……。あ、一緒に湖の中に沈んじゃったとか」「それなら湖まで素足で歩いた意味がわからない」
簡単に反論され、琴名が黙る。「……それじゃあ、コロシ、ですか?」「もう一回、身辺を当たるぞ」「それなら部長に報告を」「面倒くさい。お前がやってこい。こっちは車の手配をしておく」「嫌ですよ、部長、めちゃくちゃ怖いじゃないですか」「いいから行け。返事は『はい』か『YES』で答えろ」「それ一択ですよね」
有無を言わさず庶務課に向かう今村の後ろ姿を眺めながら、琴名はどうやって部長に説明しようかと頭を悩ませるのだった。
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