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しとしとと雨が降るような気分だった。今日が雨だったなら良かった。今日の空は中途半端な雲行きで、きらめく夕焼けに染まる様子もなかった。ただ、やや傾いた太陽の黄色い光が、あたしを囲む、ガラス張りのビルや塾の看板を照らしている。あたしはそれを見ていた。日が伸びたな、日が伸びたね、夏だね、夏だねと、頭の中のあたしとあたしが会話をつづけているのを、あたしは、黙って見ていた。やわらかい空気が頬にへばりつくけれど、あたしは気分がいいだなんて思わなかった。あたしはただ、二本の足でまっすぐ立って、ひたすら電車を待っていた。あたしがいま、まっすぐ待つ電車は、あたしの同居人を乗せてやってくる。待ち遠しい。その電車は、彼の通う大学から、アパートのある最寄り駅まで連れて来る電車なのだ。
彼は授業の終わる午後七時から少し後の限られた電車にしか乗らない。彼の大学の最寄り駅は乗り換えが多く、他の電車がひとつ来る度いちいち混み合う。はるばる遠くからやってきた皆が、いっせいに彼の乗る電車に乗り換えるからだ。その、乗り換えをする人々の隙間を上手い具合に縫って、どうのこうのと計算し尽くして(あたしが思うにそれほどまでの大げさな計算は不必要であると思うのだが)、やや空いている電車に乗るのが彼のポリシーらしい。彼の長い話を要約すると、つまりは、乗り換える人が来ない内に電車に乗りたいのだという。
だから、ただあたしは待っていた。彼が出てくるはずの改札口の前で、薄汚い雲にくるまれる、夕日でもなんでもないような太陽を眺めていた。私は、彼と帰りの時間が一緒になるのならば、できるだけ一緒に家まで歩きたい。だって、そうしたら、私たち、まるで同棲している恋人同士みたいでしょう。
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