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俺は昔から、人の顔はその人の魂を最もよく表すと思っていた。そして、大賀さんの顔は、俺が小学生の時に学校まで講演に来てくれた人間国宝の人とそっくりだった。
その人は歌舞伎の重要無形文化財保持者で、車椅子に乗っていたのに、子供達が頼むと素晴らしい舞いを見せてくれた。
何のずるさも無い。何の驕りも無い。少しずつ、少しずつ、魂を磨き上げて、ぴかぴかにしてきたような顔。……そうだ。子供の俺は泣いたのだ。思い出した。身体に響くような声で語り始めた人を見て、落ちてきた涙を、急いで拭ったのだった。
俺は少しぼうっとした後、彼女のことを考えた。
俺は、彼女が大好きだった。
本当に。本当に、大好きだった。
今も、あの別れが正しかったのかは分からない。
彼女は俺の運命の恋人だったのかもしれない。あんなに愛しいと思える人とはもう出会えないのかもしれない。そんな奇跡を本当に手放してもよかったのか、俺にはまだ分からない。
それでも、間違ってはいないと言えることを一つ、思い出したよ。
『桔平…』
玄関に立ち、向かい合った。別れの時が来ていた。彼女は俺を呼んだ後、涙で喉を詰まらせた。
俺は、彼女の言葉を継いだ。
これから先に待つ、胸を焼く熱情も、心臓をねじ切るような寂寥も、全て予感しながら、静かに、継いだ。
『どうか、幸せに』
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