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【1】 鐘
「私の名は大賀夕季。名字の方が目出度いので、そっちで呼んでくれ」
彼女は手すりに背をもたれかかって軽く脚を重ねると、突然自己紹介を始めた。
「目出度い…?」
「目出度いだろう。大賀。訳すと『でっかい祝賀』、だぞ?
そちらさんはどういう名前だ」
「か…上高原桔平です」
「カミカタハラ?」
「上高原…」
「カミハタカラ?」
「…桔平です」
「うむ。良い名前だな。実に思い切りが良い。卓球サーブのかけ声に良さそうだな」
「はぁ…」
どんな言葉を繋げればいいのか分からず、曖昧な相づちを返す。
話し方といい、言うことといい、この一風変わった少女は、本当に先程まで雪の中に立っていた彼女なのだろうか?
「どうした少年。黙りこくって。私は何か失礼なことでも言ったか?」
「いえ…」
その時、チャイムが言葉を遮った。同時に、それまで巡っていた思考までぷつりと途切れた。
真白になった意識の中から、目の前に立っている少女を見る。彼女は、再び黙り込んだ俺に何かを話しかける様子もなく、ただ静かに俺を見ていた。
『孤独に身を委ねるな』
先程聞いた言葉が蘇る。それに覆い被さるようにして鐘の音が響く。
(……鐘)
そんな名前のピアノ曲があった。聞けば分かるはずなのに、旋律を思い出そうとしても、いつもそれは叶わない。
鐘の音は粉雪の中を駆け抜けていく。
腰までの髪を雪華で飾り、赤縁の眼鏡を無造作にかけた少女は、薄手のコートを一枚羽織っただけの姿で雪の中に立っていた。
彼女は、小さく笑って片眉を上げた。
「もう行け。風邪をひくぞ」
いつの間にか、チャイムは鳴り終わっていた。
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