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人と一緒にものを食べると、体は或る場面に遡る。それは、過去に成りきる前の、記憶の中に在る。
目の前には、かつて一生を誓い合った人の幻像。心の中には、その人を前にした、その時の俺。
心の中の俺は、奥歯を噛みしめている。泣き出して止まらなくなりそうなのを必死で堪え、その人が作ってくれた最後の料理を食べている。
目の前の人は、俯いている。
幼い頃から愛した人。全てを共有し、共に永遠を視ることが出来た人。
俺の、神だった。
…もう、あの時のことを思い出してみても、悲しみも怒りも湧き上がってはこない。ただ、心にぽっかり穴が空く。
冷たくて、痛くて、一粒だけ涙が落ちる。
寂しい。どうしようもなく寂しい。あんなに愛しかった人を、愛しさ故に別れるしかなかった人を、何とも思えなくなってしまった。俺が未来を描く時には、常にその人が隣りに居たのに。
「はっきり言ったのだがなぁ。
こういう時、言葉は無力なのかと思ってしまうぞ」
大賀さんはパンを食べ終わり、眼鏡を磨いていた。初めて見る大賀さんの素顔は、眼鏡をかけていた顔を忘れてしまうくらい、違う人のようだった。
「だが私は言霊を信じているので、敢えて再び言わせてもらおう」
ゆっくりと向けられた目に、思わず身構えた。
強い目。かわしきれない。
「桔平。孤独に身をゆだねるな。」
―――――そんなことはない。
一番にそう思った。
言葉は無力だなんて、そんなことは決してない。少なくとも、貴女の言葉には途方もない力がある。
貴女のその言葉に、俺はずっと支配され続けてきたのだから。
「っ…」
落ちる涙を隠す為に、片手で顔を覆った。大賀さんは前を向いて、見えないふりをしてくれた。
どうして彼女は気付いたのか。心の空洞を嫌悪しながら、身を委ねてしまっていた俺に。
俺は空洞に近づき過ぎた。愛着まで感じ始めた。
それを埋めてくれるのなら何でもいいと、がむしゃらに求めて、道を踏み外してしまいそうだ。
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