【2】 空洞

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   *  人と一緒にものを食べると、体は或る場面に遡る。それは、過去に成りきる前の、記憶の中に在る。  目の前には、かつて一生を誓い合った人の幻像。心の中には、その人を前にした、その時の俺。  心の中の俺は、奥歯を噛みしめている。泣き出して止まらなくなりそうなのを必死で堪え、その人が作ってくれた最後の料理を食べている。  目の前の人は、俯いている。  幼い頃から愛した人。全てを共有し、共に永遠を視ることが出来た人。  俺の、神だった。  …もう、あの時のことを思い出してみても、悲しみも怒りも湧き上がってはこない。ただ、心にぽっかり穴が空く。  冷たくて、痛くて、一粒だけ涙が落ちる。  寂しい。どうしようもなく寂しい。あんなに愛しかった人を、愛しさ故に別れるしかなかった人を、何とも思えなくなってしまった。俺が未来を描く時には、常にその人が隣りに居たのに。 「はっきり言ったのだがなぁ。  こういう時、言葉は無力なのかと思ってしまうぞ」  大賀さんはパンを食べ終わり、眼鏡を磨いていた。初めて見る大賀さんの素顔は、眼鏡をかけていた顔を忘れてしまうくらい、違う人のようだった。  「だが私は言霊を信じているので、敢えて再び言わせてもらおう」  ゆっくりと向けられた目に、思わず身構えた。  強い目。かわしきれない。 「桔平。孤独に身をゆだねるな。」  ―――――そんなことはない。  一番にそう思った。  言葉は無力だなんて、そんなことは決してない。少なくとも、貴女の言葉には途方もない力がある。  貴女のその言葉に、俺はずっと支配され続けてきたのだから。 「っ…」  落ちる涙を隠す為に、片手で顔を覆った。大賀さんは前を向いて、見えないふりをしてくれた。  どうして彼女は気付いたのか。心の空洞を嫌悪しながら、身を委ねてしまっていた俺に。  俺は空洞に近づき過ぎた。愛着まで感じ始めた。  それを埋めてくれるのなら何でもいいと、がむしゃらに求めて、道を踏み外してしまいそうだ。
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