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「私は何度かお前とすれ違って、顔だけは知っていたぞ。だが、それだけだったな。声をかけようなんて、一度も思わなかった。今の私があの時のお前と会っても、声をかけようなんて思わないな。お前も、気付かないだろう?」
「…多分」
彼女への想いと、彼女からの想い。昔の俺の世界は、大抵その二つで満杯だった。
「だけど、私達は変わった。扉を開けたお前を見た時、全て分かったよ。だから、何を言うよりも先に、ああ言った。…私もね、お前と同じような時を過ごしたことがあったんだよ。
私には祖父が居てね。長いこと、祖父だけが、私の真の愛の対象だった。
私はおそらく他の子供と比べ、受け取ることの出来る愛が限られていた。だが、それを感じさせぬ程、祖父はたくさんの愛を与えてくれた。私はそれを返すことで祖父が笑ってくれることが誇らしかったし、それ以上のことは望まなかった。つまり、ずっと私の中では、祖父以外の人間は、居ないも同然だったんだ。
けれど祖父は死んだ。お前と初めて話した雪の日の、一年前に」
大賀さんは少し黙って目を細めると、静かな声で、「…あの日は、祖父と話す為に屋上にのぼったんだ」と、続けた。
「私は、祖父が大好きだったんだ。
本当に。本当に、大好きだったんだ」
力を込めて大賀さんは言った。俺はその横顔を見て、大賀さんに出会った時込み上げてきた涙の理由を悟った。
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