時の風穴

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 * 「瑠璃のお母さん、逮捕されたってよ」  翌日。  透夜が言った。  わたしたちは大きなケガがなかったので、どうにか自力で崖をよじのぼり、警察に通報した。  瑠璃の遺体は、屍蝋(しろう)という状態だったらしい。湿度とか温度とか、その他もろもろの特殊な条件でだけなる現象。死体がロウのようになって、生きていたころの原形をとどめるのだ。 「時を越えるって……こういうことだったんだね。何年もたってから、子どものままで帰ってくるって……」 「たぶんな」  そして、瑠璃の遺体は、赤い石のイヤリングを片方、にぎりしめていた。わたしが河原でひろったはずの、あのイヤリングだ。  それは、瑠璃の母親、紅子さんのものだったという。 「瑠璃のお母さんって、亡くなってたんじゃないの?」  透夜は暗い顔つきで説明してくれた。 「亡くなったのは育てのお母さんだよ。おれも最近になって聞いたんだけど。ほんとのお母さんは、瑠璃が赤ん坊のころに、瑠璃をすてたんだって。  それで、母親の妹夫婦が育ててたんだけど、二人とも事故で亡くなって。しかたなく、紅子さんがひきとったけど、けっきょく、再婚のジャマになって……」 「ひどい話だね」  瑠璃が会いたいと言ったのは、優しい育ての母のことだったのか。  それとも、自分をすてた、ほんとの母?  それは、わたしにはわからないけど。 「おれさ」  とつぜん、透夜が言った。 「あの風穴のなかで気を失ってるとき、夢を見たんだ。瑠璃がさ。笑ってて、元気いっぱいに『さよなら!』って言うんだ。『もう一度、君たちに会えて嬉しかった』って」  瑠璃は飛んだのかな——と、透夜はささやいた。  時を越えたのかもしれないと。 「わたしも見たよ」  あれは夢というより、幻だったのかもしれないけど。  もう自分を責めないでと言ってくれた瑠璃。 「お別れを言いにきてくれたのかな」  わたしが前を見て、歩きだせるように。  なあ、と、透夜が言う。 「また、遊びに来いよ」 「ムチャ言わないでよ。ここまで遠いし、志望校、東京なんですけど」 「じゃあ、おれも東京の大学、受ける!」 「いいけど、なんで?」 「なんでって……おまえ、ほんっと変わんないな」  コツンと頭をたたかれた。  でも、なんでだろう。  少し嬉しい。  その夜、わたしは夢を見た。  笑いながらかけさっていく、瑠璃の夢を……。
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