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時の風穴
子どものころから、夏休みになると、おばあちゃんちへ預けられた。両親が共働きだから、祖父母の家が保育所がわりだった。
ビックリするぐらいの山奥だ。今でこそコンビニも建ったが、当時は住民の家以外、何もなかった。
ただ、近所に透夜という男の子がいた。同い年だから、いつもいっしょになってかけまわっていた。
それに、瑠璃——
わたしが夏を思いだすとき、いつも、その人の姿がある。
たった、ひと夏のことだけど。
忘れられない。
瑠璃はわたしと同じ。
親の都合で祖父母の家に預けられていた。
瑠璃と初めて会ったのは、小学四年生の夏休みだった。
ひとめ見て、おどろいた。
わたしの好きな童話のなかのお姫さまより、きれいな瑠璃。
白い肌。赤い唇。あわいブラウンの髪。瞳の色がほんのり青い。
名前も瑠璃だから、最初は女の子だと思った。
「こんにちは。弓坂瑠璃です。ぼくもいっしょに遊んでいい?」
にっこり笑って、近づいてきた瑠璃。
「いいよ。あそぼ」
わたしは笑いかえした。
けど、透夜はおもしろくなかったようだ。瑠璃が都会から来た美少年で、シャクにさわったんだと思う。
そうは言っても、十さいやそこらの子どものことだ。
遊びだせば、もう友達。
日が暮れるころには仲よくなっていた。
「じゃあ、また明日」
「うん。また明日!」
「またね!」
夏のあいだ、毎日、わたしと透夜と瑠璃の三人で、山野をかけめぐった。
セミやカブトムシもとったし、釣りもした。
花火や肝試し。
ザリガニやメダカを集めたり。
かけっこ。鬼ごっこ。
三人の基地を作ろうとなったとき、瑠璃は言った。
「あの峠のほら穴は? あそこなら雨も入らないし、ちょうどいいよ」
そくざに透夜が反対する。
「あそこはダメ」
「なんで?」
「なんか、近づいちゃいけないって、大人に言われてる。危ないんだって」
「危ないって? なんで?」
「あそこは昔から、変なことが起こる場所なんだってさ」
「ふうん。どんなことが起こるの?」
「さあ。よくは知らないけど」
気になったので、その夜、おばあちゃんに聞いてみた。
「ああ、あの風穴かい。あそこはね。子どもを食うんだよ。あの近くで何人も子どもが消えてしまってね。大昔から、神隠しだって言われてるんだよ」
「ふうん。神隠し……」
「なんでも、行方不明になった子どもが何年もたってから帰ってくるんだそうだよ。いなくなったときの子どものままの姿で」
「ふうん」
つまり、時間をとびこえることができるらしい。
過去へ行くか、未来へ行くかは賭けのようだ。
当時、子どもだったわたしは、その話にワクワクした。
翌日、さっそく、瑠璃と透夜に話した。
「いいね! おもしろそう。行ってみようよ!」
瑠璃はすぐにもかけだしそう。
でも、透夜がぐずる。透夜は何かというと、瑠璃の意見に反対する。
「ダメだって。大人が危ないっていうとこは、ほんとに危ないよ。ここは都会じゃないんだからさ!」
そう。あそこは流れが速いから近づいちゃダメ、と言われる川の深い場所とか。くずれやすい崖とか。毒ヘビの多い場所とか。熊がよく来るドングリの木の近くとか。
田舎には都会とは違う危険がある。
瑠璃は納得して、あきらめたように見えた。
「わかったよ。じゃあ、今日は何して遊ぶ?」
「河原で石投げかな」
「いいけど。今日は負けないからね」
日が暮れるまで三人で遊んだ。
「じゃあね。また明日」
「また明日」
「またね」
いつものように別れて、一日が終わる。
だから、そのあと、あんなことになるなんて思ってもいなかった。
その夜、瑠璃はいなくなった。
大人が村じゅうをさがしたけど、瑠璃は見つからなかった……。
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