時の風穴

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 *  ひさしぶりに祖母の家に泊まりにきた。  ここに来るのは六年ぶりだ。十二さいが最後。小学卒業とともに、遠い祖母の家に預けられることはなくなった。  ここに来たいと思ったのには、わけがある。  高校三年の夏休み。  来年からは東京の大学に行くつもりだ。今よりもっとこの場所が遠くなる。  その前にどうしても、もう一度、来てみたかった。  近ごろ、瑠璃のことが頭から離れない。  しょっちゅう、夢に見る。  なんだか呼ばれてるみたい。  会いたいと思った。  会えるわけはないのに。  瑠璃は、あの十さいの夏休みの終わり、いなくなったまま、今も行方がわからない。  祖父母は何も知らないから、大喜びだ。  でも、わたしには、なんとなく予感があった。  来てしまった。  もう一度、ここへ。  ここへ来たかぎり、何かが大きく変わるだろう。  わたしの生活が一変してしまうかもしれない。 「ねえ、おばあちゃん。聞きたいんだけど」  仏壇をおがむと、さっそく、わたしは祖母にたずねる。  瑠璃はなぜ、いなくなったのか。  そして、今、どこにいるのか。  それが明らかになるまで、わたしは前に進めない。  わたしにはずっと気になっていたことがある。  あのころは怖くて、それをたしかめることができなかったけれど……。 「うん。なんだい?」 「八年前、この村で行方不明になった子どもがいたでしょ?」  祖母はいい顔をしない。  やっぱり、瑠璃のことをおぼえてはいるのだ。  子どもが行方不明になるなんて、田舎では大変な事件だ。かんたんに忘れることはできない。 「うん。そうだったかねぇ……」と、言葉はにごしたけれど。 「わたしも仲よかったよ。弓坂瑠璃くんって言って。ねえ、あの子、根津さんちに預けられてたよね。名字違うけど、なんで?」  わたしが急に変なことをたずねたので、祖母はとまどっている。 「たしか、あの子のお母さんの実家が、根津さんちなんだよ。お母さんの旧姓だからじゃないのかねえ」 「ふうん」  瑠璃は母方の実家にあずけられていたのか。そんなことさえ、今まで知らなかった。  瑠璃は自分のことを話したがらなかった。親の話になると、いつも話題をそらしていたように思う。 「瑠璃のお父さんやお母さんって見たことないな。どんな人だった?」 「なんでそんなこと知りたがるんだねぇ?」 「ここに来たら、あのころのこと、いろいろ思いだしちゃって」と、ウソをつく。  祖母はおかしく思ったかもしれない。  だけど、わたしの態度に何かを感じたのか、教えてくれた。 「あの子のお母さんは亡くなって、この世にいないんだよ。紅子さんはとてもキレイな人だけど、若いころ都会に出て、向こうで結婚してね。それっきり帰ってこなかった」  瑠璃の家庭が複雑なことは、なんとなく予想がついていた。とはいえ、片親だったとは思っていなかった。  両親が離婚して……とか、そんな事情だと思っていたのだ。 「ふうん。瑠璃、だから、いつもさみしそうだったのかな?」  祖母は何か言いかけて、やめた。ためらったように見えた。 「おばあちゃん、何か知ってるの?」 「何をだねぇ? さてと、ばあちゃんはご飯の支度でもするよ」  まだお昼の二時すぎなのに。なんとなく隠しごとがあるみたい。  しかたないので、わたしは外へ出た。 「おばあちゃん。散歩してくるね」 「気をつけるんだよ。夏帆(かほ)」  家を出たはいいが、どこへ行けばいいのか。  やっぱり、あそこへ行くしかないんじゃないの?——と、自問自答する。  わたしには、瑠璃がどこへ行ったのかわかる気がする。ただし、瑠璃が自分でどこかへ行ったとすれば……だ。  瑠璃は可愛い子どもだったから、見知らぬ人にさらわれた可能性だってある。
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