第1章

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 うっそうと茂る林の中に忽然とある、さびが浮きまくりのプレハブ。なんだよ、ここ。喫茶店どころではないビンボー臭さが漂っている。あまりに朽ちているから外壁の鉄板さえ鉄板には見えず、ある意味、景観を損ねず林に溶け込んでいるとも言える。でもその林があんまり人の来なさそうなただの林なので、景観を損ねても、損ねなくても、誰の迷惑にもならなさそうとも言える。  それに、神社でもないのに入口の横にお稲荷さん的な薄汚れた石の狐がいたり、すぐ隣の大きな木にものすごい数のカラスがいて黒々しくガーガーギョーギョー鳴いており、妖しいことこの上ない。うわーヤダなぁ、こんなとこ。  そんなぼくの動揺を事もなげに無視して、勢さんは中に入る。  引き戸が煤けたすりガラスだったからわからなかったけど、中に入るとすぐに、いなり寿司とか赤飯とか五目ごはんとかまんじゅうとか団子が並べられているショーケースがあって、行く手を阻まれた。喫茶店じゃなくて、いなり寿司・まんじゅう販売所じゃねぇか!    そんなぼくの動揺を事もなげに無視して、勢さんはショーケースの横にある隠し扉のようなベニヤ板のドアを開け、中に入っていく。  目の前に開けた、いきなり明るいウッディなカフェスペース。カウンターと、三つのテーブル席があった。  客は誰もいない。 「ユリちゃん、茶、飲みに来たど」 「あら、勢さん、お久しぶりです。お仕事帰り?」 「んだ」  仕事帰りじゃねぇだろ。サボリだ、サボリ。  カウンターから出てきた「ユリちゃん」は、頭に白い三角巾をかぶり、紺の割烹着を着た、たぶんぼくと同じ歳くらいの、それは、それはきれいな人だった。  いや、きれいっていうか、歳相応にシワもシミもあって、芸能人みたいなきれいさじゃないんだけど、この人がいるせいで汚ねぇプレハブも狐のオブジェも大量のカラスもいいってことになるような、なんともいえない雰囲気のある人だった。  そのことに少なからず動揺しているぼくを事もなげに無視して、勢さんが大声でしゃべる。 「ぼーっと立ってないで座れ。おめー何にする?」 「何にするって、メニューは?」 「入口にあったべや、いなりとか。あそこから好きなの選んで食うんだよ」 「コーヒーは?」 「そんなのねぇよ。食堂なんだから。食うもん選んだら、ユリちゃんが番茶持ってきてくれっから」 「番茶かよ!」
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