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「あら。初めまして、タロウさん。ようこそいらっしゃいました」
「あ、どうも」
じじい、必要以上にユリちゃん、ユリちゃん連発しやがって。目がデレデレしてるぞ。アフロの雷さまにチクるぞ。
それから勢さんは、ちょっと声を潜めてぼくに言う。
「うちの社長が時々、団子持ってくんだろ? あれ、ここの団子」
「ああ、あれ!」
「んだよ。ユリちゃん、社長に惚れられて、惚れられて、まーたいへんだったんだから」
「へー」
「わかるだろ?社長がぞっこんになるのも。なぁ?」
「はぁ、どうなんスかね。来たばっかりだからよくわかんないスよ。社長はうまく行ったんスか?」
「うまく行くわけねぇべ!」
「そんなに強く断言しなくても。あ、でも、いまだに団子持ってくるじゃないですか、社長」
「それはな、振られても断ち切れない思いっつーのが、男にはあるんだよなぁ。だって、ユリちゃんだもの。ふふん」
「ふふんの意味が全然わからねぇ」
「いいんだよ。色々あるんだよ。若造にはわかるめぇ。おめーはあと二十五年くらいかかるべな」
「何スか、その遥か遠い年月」
「・・・・・」
「リアクション、ねぇのかよ!」
「ここは和むなぁ」
「え?まぁ、そうッスね」
「番茶がうめぇなぁ」
「うまいッスね」
「落ち着くだろ?」
「落ち着きますね」
「・・・・・」
「・・・・・」
「昔、ばあちゃんがやってた頃は、夏になるとかき氷があってな、子どもにねだられてよく買いにきたもんよ。おめーはそん時、生まれてたか?」
「三十年前でしょ。生まれてましたよ。この辺にもよく来てましたよ。家、近いから」
「かき氷、食ったか?」
「いや~どうだろう。食ったかもしれないけど、記憶にない」
「その時は消えてたかな、この店。おめー邪(よこしま)な子どもだったんじゃねぇか?この店は心のきれいな人間じゃねぇと見えないんだから」
「は?邪じゃないし。百パーセントピュアな子どもだったし」
「ピュア?なんだそりゃ。外国の言葉使うんじゃねぇ!」
「純粋って意味ッスよ」
「いいから食えよ、五目を。それでな、帰りにいなりとかたくさん買って、母ちゃんに土産を持って行ってやれ」
「何でだよ!」
「ユリちゃんはな、こんなところでいなり作って、赤飯作って、まんじゅうや団子作って、ひとりで細々と店を切り盛りしてんだから、さりげなく応援してやるのが男の甲斐性ってやつよな。わしはいつも買って帰るな、母ちゃんに」
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