第1章

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 ということは、今の設備会社に五年いるということで、それは今までで一番長く勤めているということで、ぼく的にかなりがんばっているわけだ。  いや、正確にはぼくががんばっているというより、社長がこれまでとちがったタイプの、そう、少しヘンな人だから、ぼくにまで被害が及んでいない。それが長きにわたっての厳しい社会人生活の中で、唯一ぼくに訪れたラッキーと言えるかもしれない。  うちの会社の社長はもうすぐ六十歳で、今もおそらく昔も全然かっこ良くなく、小太りで汗っかきのギョロ目のオヤジだが、なんというか・・・・精力が半端ない。いまだに独身で、常に女の尻を追っかけている。それも、どうみてもうまく行くはずがない女にいつも真剣に思いを寄せては断わられ、それを包み隠さず社員に報告する。  社員と言っても、ぼくを入れて五人しかいない会社だけど。最後まで行かなくてもとりあえず飯を一緒に行っただけでうまく行っていることになり、社員全員に団子をくれる。なぜいつも団子なのか知らないけど、とにかくくれる。そしてワクワクを隠し切れないしあわせそのものの顔で相手の女がいかにきれいでいい女かをひとしきり説明しまくり、ふられるとどうしようもなく落ち込む。 「あれ、社長、ダメだったんスか?」 「・・・・うん」  中学生か!  うちの社長の場合、それはすなわち、うまく行っても行かなくても自分の思う通りに過ごして結局プライベートが充実しているということで、それに血眼になっているから、どうも人の細かいことは気にならないみたいだ。  「女を誘うためにそれなりの金を持っていないといけないから会社の利益は大事」という素っ頓狂な理由で仕事にはきびしいが、人に言う分、社長は自分でも一生懸命働いているし、何よりぼくをロックオンしないことがありがたい。  今日もぼくは色あせた薄緑の作業着を着て、仕事をする。  そして今、ひょんなことから、またこの八郎沼にいる。  沼では昔から、何の趣向か時間ごとにショボイ噴水が出るしくみになっていて、そのパイプが老朽化して水の噴射が弱まっているからと、役所からうちの会社に修理の要請がきた。  見ると、噴水の水はなるほど少し弱まってはいたが、ちゃんと放射されていた。
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